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お知らせ

夏のウズベキスタン&ウクライナ・ロシア ランチ

ジョージア(グルジア)ナチュラルワイン

《☆トピック★ビルマ(ミャンマー)情勢☆》

頼山陽石碑について

ご友人 ご家族での会食、ディナーのご案内 

ロシアの政権が始めた戦争により
亡くなられた全ての方々に
(無益な戦争に動員され亡くなった多くのロシア兵含む)
哀悼の意を表します。

◎『9月のお休み』は
9/3日(日)
9/26日(火)です。

※悪天候等、集客の見込みがない日には早く閉めることもあります。
ご来店がお決まりのお客様はご予約頂けると幸いです。

※スマートフォンのお客様は
トップページのいちばん最初のところまで戻してから
左上のメニュータブ
をクリックして下さい。

営業日カレンダー、
各種メニュー、
御予約メール、
Instagram
等は
タブをクリックすると出てきます。

お昼のランチは 
御来店がお決まりのお客様は御予約をお願い致します。
座席は御予約のお客様を優先いたします。

《暫くの間、営業時間は》
ランチ
11:30~16:00
※終了時刻はその日の状況により前後します。
買い出し等、都合により早めに閉める日もあります。
ご来店がお決まりのお客様はご予約頂けると幸いです。

☆夜のディナーは全日要予約です。☆

☆夜のディナーにつきましては事前に要予約⭐︎
17:30~22:00迄
お休み日以外の日時で受付ております。 

御予約、ご要望等はお電話で承ります。
ホームページメールフォームからメールでも結構です。

※(お休み日は電話に出られない時間帯がございます。
必要事項ご記入の上、ホームページメールフォームからメールでお願い致します。)

 ◎夜のディナーご予約
『おまかせコース』と『ジョージア(グルジア)コース』は
※詳しくはメニュータブからコースメニューをクリックしてください。

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.

少しずつですが料理のほうも改良していきます。
クリスマスや新年、
家族でのお食事、仲間内でのパーティー、送別会等には
アラカルトメニューにあります 『タバカ』や『米燻嫩鶏』をメニューに取り入れたお任せコースも良いかと思います。
また単品アラカルトとして、条件付きでお持ち帰りも可です。
(例として大皿持参、お車でお越しの事前に御予約を頂きましたお客様)

 
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『今年もクヴァース作ります。』
夏季限定6月下旬〜10月中旬迄
〔自家製ロシアの夏の伝統的な
ライ麦微発泡性果実飲料〕

☆お昼のランチは
9月11日前後まで。
『夏のウズベキスタン&ウクライナ・ロシア』ランチです。
写真はイメージです。

夏のウズベキスタン ランチ2023-1
2023夏ウズベクランチ-2(ドラッグされました)
2023夏ウズベクランチ-2(ドラッグされました) 2

ユーラシア食堂さらび では夕方以降の会食承っております。
 旧東海道のひっそりとしたプライベートな空間で

美味しい中国料理、ロシア料理、中央アジアの料理をお楽しみ下さい。

小さな食堂ですが造り手と接することのできるお店です。お一人様から20名様位迄で対応しております。

当店は特殊な場所に位置しておりますので集客の見込みの無い日には早めに閉める事があります。また、小さなお店ですのでせっかくお越し頂いてもご予約のお客様でいっぱいで入店出来ない場合もございます。

ご予約の程よろしくお願い致します。

 料理内容等はアラカルトから選んで頂いても結構です。

☆お勧めは お客様のご要望と御予算をお聞きした上で内容を決める

『おまかせコース』プランです。

普段お出ししていない料理は こちらの『おまかせコース』プランからです。

パンペリメニ

キエフA79D9AF7-9F19-4E33-A8EC-AD43A56DC89C ニジマス

ご予算ご要望等、お気軽にご相談ください。

ご友人 ご家族でのお食事、ご宴会等、ランチ時間での婦人会等、お待ちしております。

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肉tempImagenXmsWK


ワイン造り8000年の歴史を持つワイン発祥の地ジョージア(グルジア)

8000年前からの造り方《タンクや樽ではなく、“クヴェヴリ(甕)”》
 で造られた自然派の造り手たち、

伝統製法継承者たちの
『ジョージア(グルジア)ナチュラルワイン』
も入荷しています。

クヴェヴリ絵6CA013E2-B008-4DEE-A402-44834A6AA1BF_1_201_a

【クヴェヴリ は世界文化遺産です】

※新入荷の自然派ジョージアワインがリストに加わりました。
リストの変更、更新を定期的に行っております。
今季も年末シーズンを前に新入荷しました。
ドリンクメニューからご確認ください。


ジョージア(グルジア)自然派の造り手による
クヴェヴリ醸造ナチュラルワインを
メインに取り揃えておりますが、

一部、ジョージアワインメーカー(自然派ではない)工場生産ワインも
白と赤1〜2種ご用意しております。
私のお勧めは“自然派”ですが、
一部、ジョージアワインメーカー(自然派ではない工場生産ワイン)も
白と赤1〜2種ご用意しております。
よく知られた地区の名を冠するメーカー生産ワインも少しだけ用意しようと思いました。
 白、ツィナンダリ 
 赤、キンズマラウリ
どちらも飲み易く工場生産ワインですからお手頃価格です。
東京のロシア料理店より断然お値打ちです。

また、『南ロシア 黒海沿岸のワイン』
南ロシアの代表的ブランドメーカーワインも良いと思います。

元々、古くから葡萄が育つのに適した環境で
自然のままに近い環境で育てられた葡萄のワインは
最近、世界でも注目されています。
旧ソ連圏ではジョージア(グルジア)を筆頭にすぐ隣のアルメニア、黒海沿岸のウクライナ、南ロシアも古くからのワインの産地です。

〔※南ロシア産ワインはSold Outです。 
経済制裁解除までお待ち下さい。〕
※ウクライナ戦争の影響によりロシア製品は
VODKAを除きSold Outです。


[※ウクライナ戦争の影響によりロシア産バルティカビール確保分は無くなりました。
ビールの種類が替わりました。
ロシア産に代わり、モルドバ産とチェコ産に切り替わりました。]

[※ウクライナ産ホリルカ(ウオッカ)]
ウクライナ支援者の方からの入荷です。
DISTL No9
Small Batch Vodkaを飲む、
ウクライナ支援になる!
(購入時に寄付されています。
お客様が飲まれる事は次の寄付に繋がります。)

1ST(1oz 28ml)390円税込 サンキュー
DISTL蜂蜜漬けレモンサワー700円税込

〈詳しくはドリンクメニューでご確認ください。〉
※一番上まで戻してから左側のタブからドリンクメニューをクリック

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お客様のご予算、料理の希望内容等、柔軟に対応させて頂きます。

前日、当日のご予約でご利用いただけるコースもございます。

ハチャプリ焼く前

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ご依頼、ご相談は店主までお気軽にどうぞ。

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※詳しくはコースメニューでご確認ください。
スマートフォンの場合
一番上まで戻してから左上のメニュータブをタップ

2021秋〜ディナーのご案内(ドラッグされました)

☆ミャンマーの秘密の最前線病院
https://news.sky.com/story/myanmar-secret-jungle-hospital-on-the-frontline-12916552
Myanmar: Sky’s Stuart Ramsay takes you inside the hidden civil war

「従わないと殴られる」騙される中国の若者
詐欺Gから拷問や脅迫も 
北ミャンマーの壮絶現場/TBS NEWS DIG

ミャンマー(ビルマ)の人々に抱く
  尊敬と敬意の念から

☆トピック☆
 《ビルマ(ミャンマー)情勢》
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私にとってDaw Aung San Suu Kyi 氏の内面を知り得る最良の書

☆毎日のビルマ(ミャンマー)情勢については
※リンク先をタップしてアクセスしてください。

外交官もよく引用する媒体として
◎MyanmarNow(ミャンマーナウ)
https://myanmar-now.org/en/ 英語版
https://myanmar-now.org/mm/ ビルマ語

※最近WEBページが新しくなり、広告の干渉も無くなりました。
◎TheIrrawaddy(イラワジ紙)
https://www.irrawaddy.com 英語版
https://burma.irrawaddy.com ビルマ語

※最近WEBページが新しくなり、広告の干渉も無くなりました。
◎ Democratic Voice of Burma [DVB](民主ビルマの声)
https://burmese.dvb.no/ ビルマ語
https://english.dvb.no/ 英語版

◎RadioFreeAsia Myanmar(ラジオフリーアジア ミャンマー)
https://www.rfa.org/english/news/myanmar 英語版
https://www.rfa.org/burmese ビルマ語

でご確認ください。

ビルマ語エディションに切り替えると
より細かい所まで判りますがミャンマー人向け、English版は寄り対外向け。
知りたい内容で切り替えると良いでしょう。

あと、毎日ではありませんが
問題点を詳しく・・

◎Frontier MYANMAR(フロンティア ミャンマー)
https://www.frontiermyanmar.net/en/

◎その他ミャンマー媒体につきましては
下方、ガカーリンの食事写真の手前付近に
簡単なメディア表を表記しましたので
そちらを参考に検索してください。

※ここでは私の感じた要点のみを
引用先から載せています。
毎日の情勢については
上記の媒体へ アクセスしてください。

※過去記事は(2023年6月下旬以前)
『トピックス』のコーナーへ移しました。
トップページ一番上のメニュータブから
→『インフォメーション』→『トピックス』

最近のミャンマー勢力図。
ミンアウンフライン率いる軍事クーデター政権は
支配出来ている版図は面積的に云えば
もはや国の半分にも満たない。

2021年2/1日クーデター以前のミャンマー国軍の実行支配地域図

2023年に入ってからごく最近のミャンマー軍の実効支配地域図
引用元FreeBurmaRangers2023/04/24/situation maps the burma armys authority deteriorates as it struggles to maintain control within the country

〔複数媒体のまとめ文 引責店主〕
ミャンマー軍事政権は8/27日 日曜日、
東ティモール政府と並行する国民統一政府NUGとの会談を理由に、同国のトップ外交官の追放を命じた。
軍事政権ミャンマー軍は
2021年の軍事クーデターで追放された議員によって任命されたNUGを「テロリスト」組織に指定している。
7月3〜4日、東ティモールのホセ・ラモス・ホルタ大統領East Timor’s President Mr Jose Ramos-Hortaは
首都ディリで NUG国民統一政府外務大臣 ドー ジンマーアウンNUG foreign minister Daw Zin Mar Aung
と会談した。
8/27日曜日、
軍事政権外務省は東ティモールの「無責任な行動」を非難し、
ヤンゴンの同国の臨時代理大使に「遅くとも2023年9月1日までに撤退する」よう命じた。
同省はフェイスブックへの投稿で、
東ティモールが「テロ集団がミャンマーでさらに違反を犯すよう奨励している」と述べた。
東ティモールは
追放命令を非難し、
声明で「ミャンマーの民主的秩序の回復に向けたあらゆる努力を支援する重要性」を改めて表明した。
ディリ(東ティモール)政府はまた、
軍事政権に対し「人権を尊重し、危機に対する平和的かつ建設的な解決策を模索する」よう求めた。
東ティモールは
東南アジア諸国連合ASEANの11番目の加盟国となる予定である。

最近の東ティモール新政府の宣誓式には軍事評議会は招待されなかったものの、
NUGの外相が招待され、NUGの閣僚らとの協議が継続中である。
東ティモールは10年にわたりASEAN加盟を目指してきたが、
ミャンマーに対するASEANの対応能力に疑問を抱いている。
ASEANには、ミャンマー問題が解決して初めて加盟するとしている。

しかし、ザナナ・グスマオ首相は今月(8月)初め、
ミャンマーの軍事政権に紛争終結を説得できなかった場合、
若い民主主義諸国(東ティモール)はASEANへの加盟を再検討する可能性があると述べた。

2021年のクーデター以降、このグループ化はほとんど進展がなく、
軍事政権は暴力終結を目的とした5項目の合意をほとんど無視している。
ASEANはまた、政権との関わり方を巡って意見が分かれている。
軍事政権はハイレベル首脳会議から禁止されているが、ASEAN加盟国のタイはミャンマー軍政外相との非公式会談を主催した。

〔7/3~4日 Daw Zin Mar Aung氏Twitterから〕

☆モン州の考察

The Mon dilemma: Can a state riven by divisions join the resistance?

AUGUST 24, 2023  By FRONTIER Myanmar
https://www.frontiermyanmar.net/en/the-mon-dilemma-can-a-state-riven-by-divisions-join-the-resistance/

モン州の内部分裂や他民族との緊張が、モン州での抵抗活動を妨げている。
しかし、こうした取り組みが具体化し始めるにつれ、地元住民らは、こうした取り組みが人々を団結させることもあれば、人々をさらに引き離すこともできると主張している。

A soldier of the Mon National Liberation Army, armed wing of the New Mon State Party. (Steve Tickner | Frontier)

自由なモン州の構想は、
1995年にニューモン州党the New Mon State Party[以後NMSPと表記]が、
州法と与党軍事政権である秩序回復評議会が提案した停戦を受け入れたときに中止された。

この停戦は、当時、政権の強力な情報長官であるキン・ニュン中将が民族武装勢力と交渉したいくつかの交渉のうちの1つであった。
しかし、当時中央執行委員会のメンバーだったナイ・ハン・タール氏を含む一部のNMSPメンバーは激しく反発した。
 ハン・タール氏は交渉への出席を拒否し、
NMSP指導部の承認を得ずに メーター・ロー・タ 協定 に署名したとして2年後に降格された。
この協定には多くの影響力のある民族武装グループが署名し、
軍への反対を続けることを誓った。

こうした反逆的な傾向にもかかわらず、2020年以来、ナイ・ホンサーとしても知られるハン・タール氏はNMSPの議長を務めており、NMSPは2021年の軍事クーデターに応じて始まった武装蜂起をほぼ傍観してきた。他の民族武装グループが軍事政権と衝突し、新世代の抵抗戦士を訓練している一方で、今日の政権が正式に知られているように、NMSPは国家行政評議会と5回の和平交渉を行ってきた。

「私はニューモン州党委員長がかつて若き指揮官として示した勇気を持ってくれることを今でも期待している。
彼が軍に決して降伏しないことは心の底ではわかっている」とモンズ・イエ郡区のイェ人民防衛軍の戦闘員ミン・バニャルは語った。

多くのPDFと同様に、彼のグループはクーデターで追放された議員によって任命された並行政権である国民統一政府NUGに忠実である。
しかし実際には、NUGと同盟関係にある民族武装集団であるカレン民族連合KNUの武装部門である
カレン民族解放軍KNLAの指揮下で活動している。

フロンティアは ハン・タール氏との接触を何度か試みたが失敗したが、
ハン・タール氏は6月に独立モン通信に対し、「対話のみが長期的な平和をもたらす」と語った。

「しかし、我々は戦わざるを得なくなる時が来るかもしれないということを国民に警告しなければならない」と述べ、民間人は備えが必要だと付け加えた。
地元情報筋によると、紛争に対する断固とした態度にもかかわらず、NMSPはモン族の間で幅広い支持を得続けているという。

「NMSPの指導者たちは、違法なビジネスや汚いビジネスに関わったことがないため、モン族から尊敬されている」とミン・バニャル氏は語った。

匿名を希望したモーラミャインの弁護士は、2021年のクーデターまで、ほとんどのモン族の人々は和平追求においてNMSPの先導に従っていたと述べた。
しかし、NMSPとは無関係のグループが主導する州内での反軍政蜂起により、
退役軍人グループとより広範なモン族コミュニティに難しい選択を迫られている。

「戦闘はモン州にも広がった。防ぐことはできない」と弁護士は語った。
「ニューモン州党は、軍の飛行機が州内の大きな町を標的にし始めることを非常に懸念している。
PDF の能力が増大しているため、このような状況は避けられません。」

NMSPの幹部は匿名を条件に フロンティアに対し 、 9人のトップリーダーと27人の中央委員の間で意見の相違があると語った。

指導部の一部メンバーは、
NMSPが2018年に署名した全国停戦協定に基づく義務を引き続き履行することを望んでいる。
協定締結後、有力なKNUを含む他のNCA署名国9カ国のうち3カ国は、
2021年2月軍事クーデターにより交渉プロセスへの参加を一時停止している。
他の、特に下位のNSMPメンバーは、同グループ(3カ国)が軍に対して同様に毅然とした態度を取ることを望んでいる。

「党員数を基準にすると、抵抗側に比重が重くなるだろう」と同氏は述べたが、これは蜂起への参加を希望するというよりも、象徴的な支持であることを認めた。

「モン州での戦闘を望まないことに誰もが同意する。正直に言うと、まだ準備ができていません」と彼は語った。

NLDとの相性が悪い
抵抗運動におけるモン州の役割を阻害する要因の 1 つは、
州内の国民民主連盟NLDの遺産と同党と、 NUG との関係である。

NMSPとモン族の最も有力な政党であるモン統一党は、
2020年の総選挙で地滑り的な勝利を収めたNLDと亀裂のある関係にあった。

NLDはモン州で最多の議席を獲得したが、2015年の選挙と比べて劣勢となった数少ない場所の一つとなった。票の分裂を避けるために月曜日の2つの政党が合併して結成されたMUPは、州議会と国会で11議席を獲得した。選挙の数カ月前、NMSPは 州議会が独自の州首相を選出できるようにする提案など、連邦改革を阻止しているとしてNLDを公然と批判した。

モン族の政治活動家で武装組織モン州革命軍のスポークスマンであるナイ・ナガル氏は、
2020年の選挙はモン族とバマル族のコミュニティ間の緊張を浮き彫りにしたと語る。
投票後、NLDとMUPは次期政権での協力について話し合うために会合する予定だったが、
NLDが党本部での会合を主張し 、MUPが中立的な場所を要求したことで計画は崩れた 。

「当時、NLD支持者のコメントは本当にひどいものだった。人種的扇動とヘイトスピーチがあった」とナイ・ナガルさんは フロンティアに語った。

選挙前、NLDはまた、NLD指導者アウン・サン・スー・チー氏の父であるアウン・サン将軍にちなんで新しい橋を命名し、州全体の抗議活動を引き起こした。
英国の植民地支配を終わらせる上で中心的な役割を果たしたバマル氏(アウンサン将軍)を多くは独立の象徴とみなしているが、
一部の少数民族はむしろバマル氏を植民地主義の象徴とみなしている。

前政権に比べてはるかに包括的ではあるが、
NUG は主に NLD 議員によって任命されており、
トップ閣僚の多くも同党出身であるため、MUP や NMSP との協力はよりデリケートになっている。

匿名を希望したNMSP幹部は、
武装集団はNUGからアプローチを受けているが、並行政府は彼らを説得できなかったと述べた。

「彼らはモン族を助ける具体的な連邦政策の概要を示さず、私たちにレジスタンスへの参加を促すだけだった」と彼は言う。

それにもかかわらず、
NUGの国防副大臣は、NMSPの武装部門の元大佐であるナイ・カオ・ロット氏である。

2017年、モン州の麻薬リハビリテーションセンターで警備に立つモン国民解放軍の兵士たち。(スティーブ・ティクナー | フロンティア)

一方で、MUPの一部の高官はクーデター後に軍事政権に参加することさえした。
党幹部のナイ・バンヤル・アウン・モー氏とナイ・ライ・タマ氏がそれぞれ労働組合レベルのSACとモンSACに任命された。

ナイ・ナガル氏は、一部のモン族民族主義指導者らは、
クーデターは単にバマル派の2つのグループ(タトマドーとNLD)間の紛争であり、
モン族はクーデターとは何の関係もないとのメッセージを広めていると述べた。

フロンティアのインタビューに、
MUPのヤンゴン地域中央委員会のメンバー、ミン・バンヤル・ウー氏は
軍事政権に協力するという決定を擁護し、
それは必要に迫られて行われたものであり
党員の利益のためではないと述べた。

「誰もが生存計画を必要としており、私たちも生き残ることを求めています」と彼は言いました。「現代の政治においては、たとえ敵を憎んでいても、敵になってはなりません。」

それでも、中央執行委員会のメンバー21人を含む50人以上のMUPメンバーが任命 に抗議して辞任した。

「多くのモン族の人々は、SACのもとで働くというMUPの方針に失望したと思う」
とムドン郡区の食料品店オーナー、ミン・バンヤル・トゥウェさん(52)は語った。
「一部のMUP支持者は、政治的行き詰まりの解決策を見つけようとしていると述べたが、
モン国民の大多数はMUPの決定を好まないと確信している。」

MUP を辞任したメンバーの多くは、
モン州連邦評議会the Mon State Federal Council[MSFC]など、NUG と提携する抵抗組織に参加した。
MSFC はもともとモン州暫定調整委員会として設立され、
NUG 国防副大臣のカオ・ロットが代表を務めています。

クーデター以来、さまざまな州や地域の抵抗グループが同様の組織を結成し、NUGの諮問機関である国家統一協議評議会NUCCと緊密に連携している。

しかしMSFC支持者の一部は、
モン州協議評議会 the Mon State Consultative Council [MSCC]と呼ばれるNLD主導のライバル組織が設立されたと述べた。

25歳の学生、ミン・テット・コさんは、MSCCは主に州北部出身のNLD党員で構成されており、その地域はモン族ではなくバマル族が多数派であると主張している。

同氏は「過去2年間、彼らが何か効果的なことをしているのを見たことがない」と述べ、それに比べればMSFCの方が「有望」だと述べた。

カオ・ロット氏は フロンティア に対し、
MSFCはMSCCとの合併交渉を試みているが、
特定の意見の相違によりこれまでのところ失敗に終わっており、
同氏はそれを明らかにすることを拒否したと語った。

しかし、この争いの多くは一般大衆には伝わりません。
フロンティアがインタビューしたバニャル・トゥエ氏ともう一人の州在住者は、
MSCCとMSFCの溝についてはあまり知らなかったが、
共通の敵に対して全員が団結できることを望んでいると述べた。

「MSFCとMSCCについては知りません。
モン州ではそのような組織内対立がたくさんあると聞いていますが、
NMSPがモン州の人々をレジスタンスに動員できることを願っています」とバニャル・トゥエ氏は語った。

カオ・ロット氏はまた、MSFCはさまざまなPDFと密接な関係にあり、
モン州への進出が増えているカレン族戦闘員とのさらなる協力を模索しており、
別の潜在的な問題を引き起こしていると述べた。

Karen-PDF の流入
モーラミャイン地区を構成するモンの南部の6つの郡区は伝統的にNMSPの拠点である一方、
北部のタトン郡の4つの郡区にはKNUの影響力が大きい地域が含まれている。

クーデター後、多くのモン族の若者が軍事政権と戦おうとしたとき、
NMSP からの支援の欠如に不満を感じ、
KNU から指導と訓練を受けるために北に移動しました。

たとえばMSRFは、KNUからの訓練と武器の提供を受けて2021年にタトン地区で設立され、昨年までにこのグループはモン南部に進出できるほど強力になった。

「私たちの目標は、決してミャンマー軍に降伏しない、威厳と名誉あるモン軍になることだ」とナイ・ナガル氏は語った。

同様に、Ye Belu PDF と Ye PDF は、
モン南部のイェー郡区とタンビュザヤット郡区、そして南に隣接するタニンダーリ地方のイェビュー郡区で足場を築くことができました。

これにより、軍事目標に対する組織的な攻撃が増加するだけでなく、
報復として政権による残虐行為も行われるようになった。

Ye PDFのミン・バンヤル氏は、軍事報復には民間人の拷問や殺害、村の焼き討ちなどが含まれていると述べた。
しかしレジスタンス戦士たちは、これは一般住民の間で自分たちの支持を増やしただけだと主張している。

ミン・バニヤル氏は、以前は無関心だった多くの人たちが「誰が自分たちを守ってくれているのか気づき始めたため、私たちを支持し始めた」と語った。

イエ郡のキンマ農家の34歳は、6月にPDFが警察署を攻撃した際に村の近くで戦闘が勃発し、軍が空爆でこれに対抗したと語った。
同氏は、モン氏が国内の残りの地域を巻き込む暴力を回避できることを望んでいたが、自分の目の前で戦いを持ち込んだ抵抗勢力を非難しなかった。

「NMSPが衝突から私たちの村を守ってくれることを期待していましたが、それはできませんでした」と彼は語った。現在、彼はNMSPとモンの抵抗グループが「軍と戦うために団結する」ことを望んでいる。

MSRF の Nai Nagar 氏は、彼のグループも同様の傾向を観察したと述べた。
「驚くべき事実の一つは、私たちが攻撃を開始すると、
モン族は抵抗グループにますます多くの支援を提供したということです。」

しかし、この支援は他の紛争地域で見られるほどの熱意にはまだ達しておらず、
州外に住むモン族からの支援も限られている。

多くの PDF はディアスポラからの寄付を含む一般の寄付に依存しているが、
新しく設立されたモン族の抵抗グループは資金不足に苦しんでいると述べ、
NMSP の人気が依然としてはるかに高いことを認めている。

「モン州にはNMSPメンバーよりもモンの抵抗戦士の方が多いが、
その評判と影響力には太刀打ちできない」とナイ・ナガル氏は説明した。

潜在的な障壁の 1 つは、
Mon PDF が歴史的に NMSP のライバルである KNU と緊密に連携していることです。
数十年にわたり、両グループは領土をめぐって定期的に衝突しており、
2016年から2019年にかけて緊張が再び高まった。

「モン族の国民として、私は自分たちの土地にモン族の軍隊が現れることだけを望んでいます。私は私たちの国籍を代表する武装集団だけを信頼します」とムドン郡区の食料品店バンヤル・トゥエさんは語った。

6月、KNU第6旅団の領土からKNLAとPDF戦闘員の大規模連合がイェ郡区に移動した。

KNLA司令官ソー・ヤン・ナイン大佐の指導の下、
連合(KNU)はモンPDFと同盟を結んだ。
これにより、モン市と北西のバゴー地域、南のタニンダーリ地域を結ぶ戦略的なユニオン・ハイウェイ8号線の大部分をパトロールすることが可能になった。

「過去には想像もできなかった状況です。
軍は防御態勢にあり、
抵抗勢力からあらゆる方面から圧力を受けている」とカオ・ロット氏は述べた。

しかし彼はまた、
KNUとPDFの存在感の増大とそれに伴う戦闘の激化が
一部の地元住民を怒らせる可能性があることも認めた。

モン族のシンクタンク、レモンニャ市民参加研究所は
7月、最近の流入はKNUがNMSP領域に第8旅団を創設する口実になる可能性があるとさえ主張した。

「KNUが主にモン族が居住する地域に第8旅団の設立を決定した場合、領土緊張を引き起こす可能性がある」と報告書は警告し、軍事政権が「状況を有利に利用する」だろうと付け加えた。

同シンクタンクはその主張を「機密情報源」によるものとしているが、
フロンティア社は 独自にそれを確認できなかったが、それはともかく、
それはモン族の人々がKNUに対して抱いている不安を物語っている。

ヤン・ナイン氏はこの主張を否定し、
KNUは体制を過度に拡張するために新たな戦線を開くことだけを望んでいると フロンティアに語った。

ナイ・ナガル氏は、
領土をめぐってモン族とカレン族の武装勢力の間で将来的に政治交渉が必要だが、
最優先事項は軍を打倒することだと述べた。

「私たちは他のどのグループとも政治的に交渉できると信じていますが、
軍(SAC国家行政評議会 ミャンマー軍)は交渉できない野蛮な組織です。」

 ☆Can the NUG reform itself?
AUGUST 9, 2023  By FRONTIER Myanmarhttps://www.frontiermyanmar.net/en/can-the-nug-reform-itself/
国民統一政府はいくつかの目覚ましい成果をあげており、ミャンマーでは引き続き幅広い支持を得ているが、多くの人は内部改革や内閣改造を望んでいるが、制度的な行き詰まりによりその可能性は低い。

〔現在のミャンマー軍事政権側、ミャンマー軍、が
仏教を歪曲化して都合よく利用していることがよくわかる記事です。〕

◎Testing the faith: Military’s brand of toxic Buddhism backfires
信仰を試す:軍による有害な仏教ブランドが裏目に出る
Frontier MYANMAR 2023 年 7 月 27 日
7月21日、ネピドーにある世界一高い大理石のマラヴィジャヤ仏陀座像の周りの床を、8月2日の開館に先立って清掃する労働者たち。(AFP) 
軍事政権が仏教民族主義を利用したことにより、
サンガの多くのメンバーが軍政に対する反乱に参加することができなかったが、
一般大衆の目から見てミャンマーの宗教施設の評判も傷ついた。

2020年の選挙のわずか数カ月前、
仏教住職ウ・ガウティタ・タラ氏 U Gawthita Tharaがフモービ郡区にある自身の僧院敷地内で落ち葉を掃いていたところ、大きなダッフルバッグを持った男性グループが入ってきた。
「6人がいたが、その外見と態度から、そのうちの何人かは軍人だと確信した」と彼は語った。
「しかし、彼らは自分たちが民族主義者グループの一員だとだけ言ったのです。
彼らは10億チャットを持ってきて、私に僧侶になってほしいと頼んだのです。
協力すれば新車も提供してくれるとのことでした。」

招かれざる客たちの目的に気づいた彼は、彼らに立ち去り、二度と戻らないように言いました。

ガウティタ・タラ Gawthita Tharaは、2007 年の軍政に対する僧侶主導の一連の抗議活動であるサフラン革命で有名になりました。
彼はその年に逮捕され、懲役 40 年の判決を受けましたが、3年後(テインセイン政権発足時の民政移管2011年)に釈放されました。
「私は彼らに、私は民族主義的な僧侶ではなく、
これからもずっとサフラン僧侶であり続けると言いました。
彼らは去っていきましたが、
私の態度に不満があるのは明らかでした」と彼は語った。

同氏は彼らに戻らないよう命じていたが、
2021年2月1日に軍が政権を掌握してから数日後に別のグループがやって来た。
今回の侵入者は全員制服を着た兵士で、交渉に来ているようには見えなかった。

「夜中だったので、犬が大声で吠えていました。私の敷地の前に兵士たちがいるのが見えました。急いで逃げて隠れました。」

クーデター後の最初の数週間、他の多くの著名な人物と同様に、ガウティタ氏もほぼ毎日隠れていた場所から姿を現し、抗議活動を主導した。
しかし3月に、彼の側近サンガ仲間であるサンダール・ティリ氏 U Sandar Thiri が軍事政権によって逮捕された。
彼はガウティタの隠れ家の場所を知っていたため、修道院長はヤンゴンを離れてマグウェ地方のソー郡区へ向かう決断を下した。

彼が到着してすぐに、マグウェ地方とザガイン地方で最初の武力衝突が始まり、そこでは手作りの狩猟用ライフルを持った農民たちが軍事政権と戦い始めた。
これは拡大する内戦にまで発展し、クーデター後の人民防衛軍として知られる武装集団が、より確立された民族武装集団とともに軍事政権と戦っている。

ガウティタ・タラさんは、ザイン・マグウェイ紛争地帯に2年近く閉じ込められ、衝突を避けるために修道院から修道院へと移動し、その後タイへ向かった。

ガウティタ・タラ氏によると、クーデター前に軍から贈り物の申し出を受けた僧侶は彼だけではなく、どうすべきかアドバイスを求めた僧侶もいたという。

「私は彼らに自分たちの常識で判断するように言いました」と彼は言いました。
しかし軍の訴えには説得力があった。
「ほとんどの僧侶は貧しいので、軍事政権の影響を受け、
軍の誘惑により民族主義的な僧侶になった人も多い。」

2007年サフラン革命
〔知らない方のために簡単に補足すると、2008年公開映画『ランボー4 最後の戦場』の冒頭シーン=でものすごい数の僧侶の方々が軍政に対して立ち上がって抗議の行進←軍の弾圧〕
と比較すると、
春革命として知られる現在の反乱にはサンガのメンバーの参加はほとんど見られない。

「春季革命に僧侶がいなかったことは軍の戦略が成功したことを示している」とガウティタ・タラ氏は語った。

サンガを破壊するSubverting the sangha
ほとんどの僧侶が抗議運動に参加するのを阻止することに成功した後、
軍事政権は過去の歴代の軍事政権がそうであったように、
自らを仏教の守護者、守護者として見せようとしている。

国営新聞やテレビ局は、
ミン・アウン・フライン上級将軍とその側近が僧侶に寄付をしたり、
僧院や仏像を建設したりしていることを毎日報じている。

有名な僧侶アシン・クマラ・ビヴァムサ、別名バモ・サヤドー Ashin Kumara Bhivamsa, aka Bhamo Sayadaw,の葬儀では、
ミン・アウン・フラインと他の上級指導者が、生前に軍との関係に議論があったにもかかわらず、彼の棺を肩に担いで 重要な役割を果たした。

バモ・サヤドーは、マ・ハナとしても知られる州サンガ・マハ・ナヤカ委員会の委員長を務め、
反イスラム教徒マ・バ・タ団体の非合法化など、国民民主連盟NLD政府の下でリベラルな改革を推進した。

マ・ハナ氏は当初クーデターに抵抗し、
平和的なデモ参加者に対する軍の暴力の停止を要求し、2021年3月に活動を停止すると脅迫したと伝えられている。
しかしそれ以来、以前の軍事独裁政権下と同様に軍事政権への従順な姿勢に戻った。

「独裁者ネ・ウィンによって設立されました」と、
サフラン革命のもう一人の指導者である元僧侶のウ・ガンビラ氏は、1962年に権力を掌握し、1980年にマ・ハナを設立したこの国初の軍事統治者について言及しながら語った。
「彼らは常に支配者たちのために踊っている」 」とオーストラリア亡命中のガンビラさんは語った。

サフラン革命中、数千人の僧侶が街頭に繰り出す中、マ・ハナは僧侶が「世俗的な行事」に参加することを禁止する指令を出した。

2023年1月2日、ネピドーでの式典で、超国家主義者の仏教僧ウィラトゥが「ミャンマー連邦の利益のための傑出した功績」に対してミン・アウン・フライン氏から賞を授与される(AFP)
Ultranationalist Buddhist monk Wirathu is presented an award for “outstanding work for the good of the Union of Myanmar” by Min Aung Hlaing at a ceremony in Nay Pyi Taw on January 2, 2023. (AFP)

現在、マ・ハナ氏がしっかりと支配下にあるミン・アウン・フライン氏は、
軍部が支配する首都ネピドーに世界最大の仏陀座像を建設するプロジェクトの先頭に立っているが、ガンビラ氏はこれを「血で作られた像」と非難した。

「彼らは人々を殺し、村に放火し、爆弾を投下し、政治犯を拷問しており、
終わりが見えずにますます悪化しています。
いくら塔を建てても、
やっていることはとても残酷です。
したがって、彼らが構築する神は
ただのレンガの山になるでしょう」
と彼は言いました。

6月、ミン・アウン・フライン氏はミャンマーのトップ実業家らと会談し、寄付を集めた。
軍事政権は、式典中に101人のビジネスマンが160億チャット以上を寄付したと主張した。

フロンティアミャンマー:は、同様の募金イベントがより地域的なレベルでも行われており、
いわゆる寄付が必ずしも自発的に行われるわけではないことを発見しました。

同様に6月には、西ライン・タールヤール郡区のホステルのオーナーであるU Naing Win氏が、その地域の他のホステルのオーナー全員とともに区の管理者から呼び出された。
彼らは、親軍の僧侶が運営する地元のパゴダに新しい瞑想用の建物を建設するための資金集めを手伝うよう命じられた。

「管理者は私たちに、ホステルに住んでいる人全員から寄付を集めるように言いました。
人々はたとえ望まなくても、お金を寄付しなければならなかった」と彼は語った。

ライン・タリヤールには、安ホステルの寮の部屋に住んでいる低所得の工場労働者が主に住んでいます。

タトマドーの歪んだ仏教The Tatmadaw’s twisted Buddhism
また、ミャンマー軍指導者たちは
伝統的な仏教の実践とヤダヤとして知られるオカルトの実践を組み合わせている
と多くの人がささやいている。

2021年6月に軍から亡命したテット・ミャット元大佐Former Captain Htet Myatは、
軍指導者らには罪の意識があり、
危害やカルマ的報復から身を守る手段として宗教を利用できる
と信じていると語った。

「軍隊が最前線に行くと、指揮官は残された家族に毎晩聖典を一緒に唱えるよう命じます。
宗教は自発的に行うべきものですが、
軍隊ではそうはいきません」
と彼はフロンティアに語った。

同氏は、ほとんどの軍人が
占い、ヤダヤとヤトラ(不幸を避けるために占星術師に相談することを意味するビルマ語)を信じていると述べた。

「私が知っている大隊指揮官は、
前線に行く前に僧侶のところに行ってお守りを求めていました。
時々、故郷の妻は、危険を避けるために特定の種類の葉っぱを持ち歩くなど、
いくつかのヤトラを行っていました。
司令官は私たちに妻が欲しがっていた葉っぱを探すよう命じた。
外でそれを見つけるのはまれで困難であり、
私たちは地雷の最前線で探さなければなりませんでした。」
と彼は言いました。

ガウティタ氏は、ヤトラや占いには仏教の根拠はないと述べた。

「これは、自分の利益のために宗教を利用する信者の間で広く広まった伝統です。」
と彼は言う。
「独裁者にとってはいつも通りのふりをしているだけだ。」

しかし、軍の仏教への信奉は偽善的であり、
その行動と矛盾し、
仏陀の教えと矛盾しているかもしれないが、
多くの兵士や将軍が
自分たちが宗教を擁護していると
心から信じていることにはほとんど疑いの余地はない。

2021年2月7日、ヤンゴンのスーレーパゴダ近くで軍事クーデターに対するデモが行われ、路上で警備に立つ警察。(AFP)

仏教への反発Backfiring on Buddhism
南部シャン州では3月、軍が修道院に避難していた民間人20人以上と僧侶3人を虐殺したとされる。
RFAは昨年4月、クーデター以来40人近くの僧侶が殺害され、さらに40人が投獄されたと報告した。

「彼らは人間ではありません」とガウティタ・タラさんは語った。
「彼らは到着すると、どの村でも修道院を拠点として使用します。」

しかし、仏教とされる団体がどのようにしてこうした残虐行為を正当化するのでしょうか?

テット・ミャット氏は、兵士たちは政権に洗脳されているため、
僧侶を攻撃することをためらわないと語った。

「司令官が兵士たちに修道院の破壊を望むなら、
その修道院の修道士たちは女性と暮らしている偽修道士だと言えばいいだけだ」
と同氏は述べ、
一般兵士はこれらの嘘を心から信じていることが多いと付け加えた。

現在従軍している兵士たちは、タトマドーTatmadaw〔ミャンマー国軍の敬称。現在彼らは国軍と呼ぶに値しないのでsit-tatとしている。ミャンマー軍でよいです。〕と仏教との関係を擁護し続けている。

マンダレー管区ピン・ウー・ルウィン郡区出身のテット・ペイン大佐*は、
10年以上前に国防大学に入学する前から仏教に精通していたが、それ以来信仰が強くなったと主張している。

「私は学校と大隊が開催する多くの宗教行事に参加しなければなりませんでした。
ですから、私は仏教と僧侶にとても近い存在でした。
私がロシアの修士課程に通っていたときでさえ、
モスクワのミャンマー僧院では毎月行事が行われていました。」
と彼はフロンティアに語り、
彼の宗教的経験は「非常に平和で価値のあるもの」だったと語った。

しかし、テット・ペイン氏はすべての宗教に対して同じように感じているわけではない。

「イスラム教徒と一緒に座ることは私にとって本当に難しいことです。
彼らは動物を殺しますよね?彼らも私たち仏教徒を嫌うだろうと思います。
私は彼らを嫌いではないが、ただ好きではないだけだ」と彼は言った。

同氏は軍が僧侶を殺害したり仏塔を破壊したりしたことを認めず、
代わりにPDFを非難したが、
犠牲者は「反政府勢力」を支援していると主張して
軍事攻撃を正当化したようでもあった。

「僧侶たちは武力紛争から離れるべきであり、
軍が任務を遂行している間は反政府勢力を支援すべきではない」と同氏は述べた。

◎サヤドー・ウ・オッタラ氏
マンダレーのメイッティーラ郡区マ・バ・タの前議長
Sayadaw U Ottara,
the former chair of Ma Ba Tha in Meiktila Township in Mandalay

2013年に集団暴力による最悪のイスラム教徒虐殺事件が起きた同地域では、
仏教を守る指導者たちが国を統治していることに感謝していると述べた。

「これは私たちの文化と宗教を維持するための本当に良い機会です。
私たちは他の宗教が私たちの国に影響を与えることを望んでいません。
ここは仏教の国だ」
と彼はフロンティアに語った。

軍政の無能さがミャンマーの仏教に裏目に出ている可能性があることを認識しているようだが、政権を守るために努力している人もいる。

昨年2022年9月のライブストリームで、
超国家主義者の僧侶アシン・アッガ・ダンマ氏は、
人々は経済的に苦しいため、仏教に集中する時間が減っていると語った。
しかし彼は、悲惨な経済崩壊を主導しているにもかかわらず軍を責めないよう国民に訴えた。

むしろアッガ・ダンマ氏は抵抗勢力に対して厳しい言葉を発し、
独立以来のミャンマーの紛争はすべて民族武装集団のせいであり、
その多くはキリスト教徒であると述べた。

「仏教さえあれば世界は平和になるのに。
今世界で起こっている戦争は他の宗教のせいです」と彼は言った。

◎春季革命宗教間ネットワークのメンバーである
トゥン・チー氏 U Tun Kyi, a member of the Spring Revolution Interfaith Networkは、
政権とその従順な僧侶たちの行為は仏教の評判を傷つけており、
一般の人々が信仰から遠ざかる可能性があると述べた。

「当局と僧侶との協力は我が国のイメージに大きな影響を与えました。
仏教のイメージは非常に醜くなっています」と彼は言いました。

:

西ライン・タールヤールのホステルのオーナーは、
強制的な寄付に対する不満をぶちまけたときに、その一端を見せた。

「それは寄付ではありません。
僧侶たちは人々からお金を盗んでいます」と彼は言いました。
「人々は日々の生活をやりくりするために一生懸命働いており、
すでに十分な苦労をしています。」

仏教を保護するためにとられたとされる軍の行動が、
全世代に宗教を放棄させる可能性があると懸念する人もいる。

「軍事政権とその同盟僧侶たちの活動がこのように続けば、
仏教は間もなく我が国から消滅するだろう」と、
生涯熱心な仏教徒である60歳のウー・ナイン・ウィン氏は語った。said 60-year-old lifelong devoted Buddhist U Naing Win.

しかし、ガンビラ氏は依然として楽観的であり、
現在の紛争は国家主義者の親軍僧侶たちの汚職と偽善を暴露しており、
それが将来のミャンマー再建に役立つと信じている。

「彼らはもはや人々に影響を与えることはできない」と彼は言った。
「今、国民は彼らの本当の姿を知っています。」

同氏は、革命が成功すればミャンマーはより純粋な形の仏教を達成するだろうと語った。

「ミン・アウン・フライン氏とそのグループを排除した後、
仏教を再建する時期が来たら、大衆は熱心に参加すると信じています。」

* セキュリティ上の理由から仮名が使用されていることを示します

8月1日の開館を前に、7月21日にネピドーにあるマラヴィジャヤ仏像群の模型を見る人々(AFP通信)

[関連:
‘His sins can’t be erased’: Junta leader to consecrate Buddha image
「彼の罪は消せない」:軍事政権指導者、仏像を聖別へ]
2023年7月31日
https://www.frontiermyanmar.net/en/his-sins-cant-be-erased-junta-leader-to-consecrate-buddha-image/

☆ミャンマーの警察は軍事クーデター以来、
ミャンマー軍による反体制派弾圧の支援に忙しく
法執行という本来の目的を果たせていない。

その結果として生じた不法行為により、ミャンマーと中国の国境にある民族武装組織が支配する地域で、犯罪組織とそれに協力する人身売買業者が繁栄することが可能になった。
人身売買業者は、ヤンゴンやマンダレーなどの主要都市、ラショーやタチレクなどの国境の主要都市、さらには軍事政権と抵抗勢力の間で激しい戦闘が繰り広げられているミャンマー中部のザガインやマグウェ地域にまでそのネットワークを拡大している。
ここでは、彼らは高収入の仕事を約束して若者を誘惑し、その後、統一ワ州軍(UWSA)が管理するミャンマー北東部の自治区であるワ州に人身売買する。

Whither Wa State? Myanmar’s Criminal Hub Spreads Wings Under Junta
軍事政権下でミャンマーの犯罪拠点が広がる。
ワ州はどこですか?
The Irrawaddy
By Margaret Aung July 22, 2023
https://www.irrawaddy.com/opinion/analysis/whither-wa-state-myanmars-criminal-hub-spreads-wings-under-junta.html

以下全文は本文リンク先へ

 The Panghsan cityscape in 2019. / The Irrawaddy

※直接の関連分析

☆The United States Institute of Peace
 アメリカ合衆国平和研究所USIPリポート

China’s Metastasizing Myanmar Problem
◎転移する中国のミャンマー問題
The junta’s governance failures threaten China’s national security and are increasingly leading to transnational criminal challenges.
ミャンマー軍事政権の統治の失敗は中国の国家安全保障を脅かし、
増長する国境を越えた犯罪的問題につながっている。

Tuesday, July 11, 2023 / BY: Jason Tower

※文中の引用リンク先は本文へ
https://www.usip.org/publications/2023/07/chinas-metastasizing-myanmar-problem

2021年にミャンマーで起きた軍事クーデターは、軍政に対する前例のない全国的な反乱を引き起こしただけでなく、世界の安全保障に対する挑戦をますます引き起こしている。
軍事政権の効果のない統治は、国境を越えた人身売買とサイバー詐欺の増加をもたらし、
これらはほぼ世界の隅々に影響を及ぼし、
特に中国国民に大きな被害を与えていると同時に、組織化された中国の犯罪グループにも利益をもたらしている。
ミャンマー情勢に対する中国政府の反応はまちまちだ。
中国は軍事政権を支持している一方、ミャンマーで最も強力な民族武装組織の一部を支援することでリスク回避も行っており、ミャンマー国内での中国の影響力を拡大している。

2014年2月6日、ミャンマーのモンラ近郊で、中国の国境警備を回避するためにバイクでミャンマーに入国する中国人観光客。
2021年のミャンマーのクーデター以来、国境を越えた違法行為が急増している。 (Gilles Sabrie/The New York Times)

中国政府は犯罪の増加に対して国民に強い懸念を表明しているが、その取り締まりの取り組みは、現在ミャンマーに深く浸透している強力な中国の犯罪組織を阻止するというよりも、ミャンマーにおける中国の安全保障上の影響力を高めることに役立っている。
ミャンマーとタイ、中国との国境周辺地域に広がる不法行為とその世界的な影響は、国際社会がもっと真剣に受け止めなければならない。
そして、中国がこの問題にどのように対処するかを決定するかどうかは、
ミャンマーの紛争と、ミャンマーを拠点とする犯罪集団が違法活動を継続する能力に大きな影響を与えるだろう。

複雑な二国間関係
ミャンマー軍指導者らは中国の支援が必要であることを承知しており、
中国のヘッジ戦略を懸念している。
クーデター指導者ミン・アウン・フライン氏は数か月間、中国訪問の招待を取り付けて中国のより高いレベルの支持を得ようとしてきた。
自政権内部の情報筋は、軍指導者が北京訪問と引き換えに、
2011年以来中断されているカチン州での非常に物議を醸している水力発電プロジェクトの再開を申し出たことを示す情報を漏洩した。
同様に、軍事政権は6月初旬、非常に物議を醸しているザガイン地域の中国銅鉱山の操業再開に必要な安全を提供するという中国の要求に応じ、5,000人近くを避難させた。

昨年末以来、中国政府は軍への強力な政治的支援の提供を含め、軍事政権への関与と協力へのコミットメントを強めていることを示している。
中国の秦剛外相は5月のミャンマー訪問中に、中国政府が「軍事政権のすべての部門」との交流を強化すると発表した。
一方、中国政府は政権の主な敵対者との距離をさらに強めている。
2021年10月から、中国は旧与党の国民民主連盟(NLD)との公的関与を中止した。
2023年初頭までに、国内で最も強力な民族武装組織(EAO)に対し、
軍と和解し、野党の統一政府や現在進行中の春季革命に関与する多くの関係者との交流を削減するよう圧力をかけ始めた。

中国の雲南省では、経済成長がミャンマーを通じたインド洋への接続に大きく依存しており、
地方政府と中国企業は軍事政権と協力するためにさらに大胆な措置を講じている。
雲南省政府は会議を開催し、軍事政権省庁や関連企業との新たなビジネス関係や投資を促進した。
要約すると、中国政府は中国政府の経済的利益を確保するために
ミャンマー軍事政権と提携したいという強い願望を示している。
経済的、文化的、政治的協力を促進する。
そして、この国の民主主義に対する西側諸国の支持を無力化することだ。

それでも、国内のEAO、人民防衛軍、そして軍政への服従を拒否する数百万のミャンマー国民の膨大な隊列に対して軍の手を強化するために中国政府がとるべき追加の措置はまだ数多くある。
例えば、国境地域の強力なEAOとの貿易を削減し、
中国の通信、銀行、金融システムへのアクセスを制限する可能性がある。

 では、なぜ中国はミン・アウン・フラインへの追加支援を拒否し、
殺人将軍の中国訪問の要請に冷遇したのだろうか?

中国人に対する犯罪
その答えの一部は、ミャンマーのサイバー奴隷産業への自国民( 15歳の子供を含む)の人身売買に関して中国政府が直面する危機への認識を強めていることにある。

Tik-Tok で簡単に検索すると、国境を越えた人身売買とサイバー奴隷制が
中国にとって安全保障上の脅威となっている程度がわかります。
6月6日のある投稿は、全国の何千人もの中国人の親たちの経験に光を当てている。
“Ms. Deng”さんは、彼女の息子が2023年2月に仕事のため北部河北省から雲南省へ旅行したが、
その後になって初めて母親に、自分はその後「ミャンマーに売られ、自由を確保するには25万中国元を支払わなければならない」と明かしたと語った。

その後、この事件を調査していた中国人ジャーナリストらが国境のプーアル県を訪れ、
地元の中国警察は通報を受けたが「ミャンマー側の返答を待つことしかできない」と述べた。
他の投稿には、ミャンマーで子供たちが人身売買されたり、騙されてネット奴隷にされたりした話を涙ながらに語る親の動画も掲載されている。
別の投稿では、ミャンマー軍国境警備隊(BGF)と共謀した犯罪者に200万中国元で売られた中国の旅行代理店のオーナー、シン・リンユアン氏へのインタビューを掲載している。
シンは、危うく命を落とすところだった敷地からの逃亡について語る。

現在、行方不明者の報告が中国のメディアやソーシャルメディアに溢れているが、
報道されていないのは、家族、特に子供たちが人身売買されたり、
国境を越えてミャンマーに売られたりするのを目撃した家族、
特に親の間で集団行動が拡大していることである。
支援を求める数百人の個人が参加するWeChatグループも出現し始めており、
この活動をチェックする中国政府の「無力」を浮き彫りにする報道もある。

中国の公式情報筋によると、2022年に中国警察は2022年に46万4,000件を超える国境を越えた詐欺や詐欺事件を処理し、詐欺に関与した79万のウェブサイトを閉鎖し、今年の第1四半期だけでこれらの犯罪に関連する1万923件の逮捕状を発行した。
このような数字にもかかわらず、違法行為はほとんど減少していないようです。

軍事政権に対する中国の要求
5月のミャンマー訪問中、秦氏は軍事政権の代表らにこの問題を提起する際に
驚くほど強い言葉を使い、ミャンマーのこれらの犯罪地域に対する弾圧を「要求」した。
中国外務省はその後、この犯罪は「中国人に嫌悪されている」ものであり、
中国に「重大な損害」を与えていると公式に宣言した。

5月を通じて、中国政府は犯罪行為に対する不満を示し続けた。
駐ミャンマー中国大使の陳海氏は後に軍事政権の副首相兼移民・人口大臣にこの問題を提起した。
この犯罪行為は、中国軍情報機関高官がミャンマーを訪問する主な理由の一つでもあったが、
おそらく偶然ではなく、陳氏がこれらの問題を政権幹部と話し合った日と同じ日だった。
軍事政権はすぐに人民解放軍情報部長楊洋氏の訪問を両軍間の関係強化の兆しであると公に組み立てたが、
中国側はこの会談に関していかなる公式声明も出さなかった。
2023年に楊氏が他に公的に報じられた唯一の海外訪問はカンボジアへの訪問で、
中国とカンボジアの両メディアは訪問の目的が「あらゆる形態の犯罪活動を鎮圧する」ための軍の諜報活動を強化することだったと報じた。

軍事政権は成果を上げることができるだろうか?
在ミャンマーの中国大使館はすでに成功物語を描こうとしており、
タイ、ミャンマーとの三国協力により犯罪者6人を逮捕し、6月19日に速やかに中国に連れ戻した、と発表した。
一方、中国全土の警察局はキャンペーンを開始し、ミャンマーからの「犯罪者」数十人の逮捕と国境を越えた送還を公表した。

一方で、悪名高いシュエコッコ屋台新都市プロジェクトを中心としたミャンマーとタイの国境で起こっている力関係は、まったく異なる物語を語ります。
中国やカンボジアの汚職当局者とつながりのある中国人犯罪組織のボスが支援する犯罪飛び地であるシュエ・コッコは、2020年夏に犯罪者らが中国の一帯一路を利用していることが明らかになり、違法行為をカバーする取り組みは
中国とミャンマー間の緊張の原因となった。
犯罪都市シュエコッコはNLD政府の尽力により2020年12月に事実上閉鎖されたが、
2021年のクーデターにより同地域での国境を越えた犯罪の劇的な拡大が可能となった。

中国当局からの度重なる要求を受けて、
6月初旬、ミャンマー軍事政権はタイに対し、国境を越えた犯罪を終わらせる手段としてシュエ・コッコへの電力供給を停止するよう命令を出した。
※ミャンマー軍の国境警備隊(カレンBGF)は直ちにミャンマー軍(軍事政権SAC)の発表を拒否し、
タイ側が応じれば国境貿易を停止すると脅した。
6月7日にタイ当局が行動を起こすと、
カレンBGFは発電機とディーゼル燃料の輸入を増やし始め、犯罪地帯内の詐欺シンジケートが活動を継続できるようにした。
一方、シンジケートとBGFは6月8日の軍のいわゆる「弾圧」をさらに誇示し、
3つのEAOと提携して停電に対応するために10万ドルを超える公的寄付を組織した。

中国は犯罪に対して厳しいように見せたいのかもしれないが、
これまでのところ、この活動を取り締まるためにミャンマー軍事政権(SAC)と協力していることは、
軍事政権SACが自国の国境警備隊BGFを統制できないことを示す以上のものではなかった。
一方、全国の広大な犯罪地帯は拡大し続けており、
特にシャン州北部の町タチレクや、中国国境のすぐそばの別のミャンマー軍BGFが支配する地域では拡大が続いている。
軍事政権はミャンマー全土での中国警察の活動を許可する意向を強めているが、
これは中国の安全保障への影響力深化の明らかな兆候だ。
しかし、この施設が武装民兵、武装犯罪グループ、さらにはミャンマー軍の一部によって保護されている範囲を考慮すると、この犯罪行為を排除するには本格的な軍事作戦以外の何物でもない。

グローバルな解決策が必要なグローバルな問題
中国雲南省政府は、ミン・アウン・フライン政権のミャンマーにおける地理戦略的利益を促進するために新常態の物語を推進することに熱心かもしれないが、
セキュリティが失敗しています。
中国は社会の安定と国家を脅かす国境を越えた問題に対処する軍事政権の取り組みを支持しようとしている。

中国政府は最終的に、ミン・アウン・フライン政権への支持が
地理戦略的投資の安定化に失敗するだけでなく、現在全国で無数のサイバー犯罪センターを運営している中国犯罪グループの標的となっている中国人により大きな被害を与えるという現実に対応する必要があるだろう。
さらに、国際刑事警察機構によれば、
現在ミャンマーで横行している人身売買を目的とした詐欺行為は、世界中のほぼすべての国の安全を脅かしているという。
巧妙化する詐欺、ミャンマーの犯罪居住区内から犯された犯罪は、
レーザーの精度でほぼすべての管轄区域の被害者を標的にすることができます。
これらの犯罪ネットワークが中国からのものであり、
中国政府がミャンマー軍事政権や彼らを保護する他の民兵組織を支援していることを考慮すると、
この世界的な安全保障危機の責任の多くは中国政府にある。

これは強力な国際協力が求められる問題です。
軍事政権軍の統治下ではこれらの問題はさらに深刻になるだけだと中国が認識すれば、
特に犯罪者がすでに権力と影響力において
軍に匹敵する脅威にさらされていることを考慮すると、
ようやくミャンマー軍が作ったこの問題や他の多くの世界的問題に対処するために
必要な国際協調の余地が開かれるかもしれない。
一方、軍が中国の政治的支援の陰に隠れ続ける中、国際社会は悪質な犯罪行為の継続的拡大に備える必要があるだろう。
その間、中国人は国境を越えた人身売買や詐欺に苦しみ続けるだろう。

※直接の関連分析

◎東南アジアで蔓延する犯罪癌
A Criminal Cancer Spreads in Southeast Asia
クーデター後のミャンマーでは、犯罪組織が軍と協力して、より多くの自治区からより複雑な詐欺計画に手を出している。
In post-coup Myanmar, crime syndicates, working with the military, are moving into more complex fraud schemes from a growing number of autonomous enclaves.

Monday, June 26, 2023 / BY: Priscilla A. Clapp; Jason Tower
※USIPが引用した媒体についてはリンク先から直接アクセスしてください。
https://www.usip.org/publications/2023/06/criminal-cancer-spreads-southeast-asia

タイとミャンマーを隔てるモエイ川沿いの犯罪グループが支配する飛び地を巡る権威の分断において、武装ギャングの取り締まりは次のようになっている。
中国はミャンマーの軍事政権(時には北京の属国)に、タイに電力をゼロに削減するよう圧力をかけている。
ミャンマーの川を渡ったところにある、中国の犯罪組織が運営する大規模なギャンブルと詐欺の中心地。
シンジケートのパートナーであるこの地域の軍の監督下にある国境警備隊(カレンBGF)は、国境を越えた貿易を停止するとの脅しで対抗している。
その後、国境警備隊とギャングによって配備された巨大な発電機が飛び地に出現します。
軍(軍事政権SACミャンマー軍)は説明もなしに何もしない。
軍そのものではないにしても、個々の指揮官が犯罪行為から利益を得ていると考えられている。
通常通りの業務が継続されます。

A military checkpoint along the border with Myanmar, in Mae Sai, Thailand, May 9, 2012. (Giulio Di Sturco/International Herald Tribune)

地理や地元の登場人物によってバリエーションはあるものの、ミャンマーの無法地帯の国境に沿って進むのはおおよそこんな感じだ。
昨年末、ミャンマーの犯罪居住地が転移しているという認識がこの地域で高まり始め、メディア、市民社会、政府からそれに対して何かをするよう求める声が大きくなった。
ゾーン自体は新しい現象ではなかったが、極悪非道な開発は国際的な警戒を増幅させた。
北京の新型コロナウイルス対策により中国人労働者が飛び地から急いで帰国した後、彼らの犯罪経営者は高収入のハイテク仕事のオファーで世界中から求職者を誘惑し始めた。
そして、国境を越えてサイバー奴隷として人身売買し、金融詐欺に従事させます。

飛び地は世界的な安全保障上の脅威であるとの認識が高まっているにもかかわらず、重要なことは何も変わっていない。
ギャンブルと詐欺の都市シュエコッコをすべての中心に据え、強力な組織犯罪グループ、地元の武装勢力、分断された主権、汚職など、これらのゾーンにおける利害の絡み合いによって、あらゆる攻撃の角度が鈍化します。

ミャンマー軍には、自国の国境警備隊(BGF)を管理する意志も能力もなく、ましてやBGFの管理下にある飛び地からの国境を越えた犯罪の広がりを抑制することはできない。
国の大部分は軍事政権に対する本格的な革命に巻き込まれており、過剰に拡張された軍隊の手が届かないところにある。
重要な国境を越えたつながりや資源へのアクセスを遮断できるかどうかは、
国際法執行機関と協力して主要な近隣諸国にかかっています。
すでに被害を受けている米国にとって、この犯罪の波は増大する非伝統的な安全保障上の脅威であり、強力な対応が必要です。

BGFとその犯罪組織はミャンマーでさらに深く根を張る
現在、少なくとも 17 の異なる犯罪ゾーンが、ミャンマーとタイの国境を流れるモエイ川の 31 マイルに沿った推定 500 万平方メートルの刑事事務所スペースを提供しています。

新型コロナウイルス感染症のパンデミック下では厳格な国境管理とロックダウンが行われたにもかかわらず、2021年の軍事クーデター後、これらのゾーンの規模は劇的に拡大した。
たとえば、悪名高いKKパークゾーン(詐欺に協力することを拒否した人身売買被害者の臓器を摘出して販売したことでTik-Tokでセンセーショナルに話題になった)は、2021年から2023年5月の間に26棟から75棟以上の建造物に増加した。

昨年初めまでに、この犯罪行為により46 か国以上の国民が被害を受けており、その大多数はタイを経由してミャンマーに人身売買されていました。
メディアや国際法執行機関による問題意識の高まりにもかかわらず、ギャングたちはオンライン雇用プラットフォームに侵入し、詐欺的な人材紹介会社やネットワークを設立し、人身売買業者とのつながりを確立し、ミャンマー全土の新たな管轄区域に店舗を構える能力を拡大し続けた。

2023 年 3 月までに、カレン州での組織犯罪活動の増大により、抵抗勢力に対してさえ行動を求める多大な圧力が生じ始めました。
カレン族の市民社会団体は、増え続けるカレン族のレジスタンス指導者がBGF計画と関係があるのではないかという疑惑が深まる中、BGFの違法な追及がカレン州の統治と民主主義と自治の見通しを損なう恐れがあると懸念を表明した。

2023年4月、民主派武装勢力連合がシュエ・コッコのBGF犯罪帝国とミャワディ郡の他の違法BGFビジネスを攻撃し、緊張が武力衝突にまで波及した。
「シュエ・コッコは軍事政権に汚い資金を提供する麻薬と性的人身売買の中心地だ」と彼らは告発した。
軍事政権はBGFと陸軍の合同部隊でこれに対抗し、
進軍するレジスタンス戦士を迎撃し、主要な人民防衛軍グループを粉砕し、数十人の人質をとった。
このように軍事政権はシュエコッコを犯罪の安全地帯に保つ決意を誇らしげに示した。

オンラインの信頼スキーム— ‘Pig Butchering’豚解体 — が世界へ
当初は違法なオンライン ギャンブルに重点を置いていたが、
犯罪地域運営者は現在、「豚の解体」または中国語で「沙豆パン」として知られる新たな形態の詐欺に注力している。この計画は2018年頃に中国で始まり、新型コロナウイルス感染症の影響でギャンブルによる利益が減少する中、中国関連の犯罪組織がこの計画を拡大させた。

その仕組みは次のとおりです。
詐欺師は、潜在的な被害者を長期間にわたって信頼できるオンライン関係に誘い込みます。
最終的に、詐欺師は少額の投資アイデアを提案し、正規のオンライン取引プラットフォームのように見える収益を被害者に送金することがよくあります。
「豚を太らせる」として知られるこのプロセスは、被害者が多額の資金を渡すのに十分な安全を感じるまで続きます。その後、詐欺師は「豚を屠殺し」、お金を持って姿を消します。

一部のシンジケートは、西側のソーシャル メディア サイトや WhatsApp で潜在的な被害者を特定したり、詐欺の効率を高めたりするために、新しい形式の人工知能を開発しています。
これには、詐欺計画用の画像やビデオ コンテンツを作成するための生成 AIの使用や、スクリプトやコンテンツを生成するための ChatGPT の使用が含まれます。

軍とBGFがミャンマーの犯罪多発地帯を保護
ミャンマーで組織犯罪の蔓延を阻止する上での最大の障害は、 2021年2月の軍事クーデターによって引き起こされた統治の混乱と無法状態である。
2015年選挙で選ばれたNLD政府は中国人ギャングの流入を食い止めようとしたが、クーデター後に軍事政権がその努力を撤回し、違法行為はすぐに急速な拡大を再開した。

その物語の中心にいるのはカレン国境警備隊BGFであり、犯罪都市シュエコッコの中心部に本部を置いています。

少なくとも名目上はミャンマー軍の管理下で活動していたカレンBGFの台頭は、クーデターと中国犯罪組織のボスとの関係によって加速した。

カレンBGF は2000 年代後半に、民主カレン慈善軍と呼ばれる民族武装グループから誕生しました。
2017年から2019年にかけて、同BGFは2人の主要な中国犯罪者、ヤタイ・インターナショナル・ホールディングのトップである謝志江氏と、紅門世界史・組織として知られる国境を越えた犯罪組織を率いる三合会リーダーのワン・クオククイ(別名ブロークン・トゥース)氏と提携を結んだ。
BGF は、タイ国境近くに誕生した最初の 2 つの大規模な違法ギャンブル都市、それぞれシュエ コッコとサイシーガン (現在は東美ゾーンとして知られています) に土地と支援を提供しました。

2022年8月にタイの警察が沙志江を逮捕したとき、彼の不在によりBGFは巨大な犯罪帝国の支配下に置かれ、その富と権力は大幅に増大した。
一方、2020年12月に米国から制裁を受けた万國奎氏は中国に拠点を移し、中国経済への数億ドルの資金洗浄に焦点を当てているようだ。
彼の動きにより、BGFは飛び地の犯罪活動をさらに広範囲に統制できるようになったと思われる。

ミャンマーで犯罪組織が出現し始めた当初から、自治犯罪特区は安全な場所を提供するためにカレン族 BGF の指導者に依存してきました。
安全を確保し、国境貿易を管理し、敵対する武装勢力やミャンマー軍との関係を処理することで、BGFとその指導者は違法活動の最大の受益者の一人となっている。

このパートナーシップから得た利益は、
チット・トゥー大佐と同僚のモート・ソン少佐が指揮するBGFの武器やその他の軍事装備のハイテクアップグレードに注ぎ込まれた。
実際、チット・トゥー軍の武器はミャンマー軍のものよりも質的に優れており、彼のBGFは軍の「指揮」下で最も致死性の高い部隊の1つとなっている。

タイは脅威を認識しているが、それに対してほとんど前進していない
影響力と物的支援を求めて、BGFと中国犯罪グループはタイに多額の投資を行っている。
彼らは国を利用して人々を犯罪地帯に人身売買し、活動に不可欠なインターネットと電力にアクセスします。
タイはまた、BGF の高度な武器や装備品の供給源および中継ルートでもあり、BGF が二国間貿易の通過点を管理することにより容易になっています。

2022年半ばまでに、タイ当局は、いわゆる「灰色の中国ビジネス」と、タイ国民と数万人の外国人のミャンマーへの人身売買が急増していることへの懸念を強めていた。
タイ国内での一連の殺人、銃撃戦、中国人による誘拐、被害者への暴行、拷問の噂は、国民の深刻な抗議を引き起こした。

その結果、タイは取り締まりを始めた。
屋台の犯罪ボス、沙志江は中国への引き渡しの危機に瀕している。
人身売買を取り締まるためにタイの作業委員会が設置され、タイの法執行機関も中国の「グレービジネス」の捜査に動員された。
2023年6月、タイ警察はタイの紅門事務所を強制捜査し、シュエ・コッコーに関連する2人目の悪名高い犯罪者ユー・シンチーを逮捕し、中国人犯罪組織のボスを相手にしているいくつかの高級ナイトクラブのオーナーを摘発した。

しかし今のところ、これらの措置はミャンマーにおけるタイの犯罪活動の拠点を弱めるには至っていない。
メーソット周辺では建設が続いており、統一ワ州軍UWSAが支配するミャンマー領土の北側のタイ国境沿いに新たな勢力が出現している。

一方、カレンBGFはタイの執行努力を厚かましくも無視した。
タイ警察が沙志江を逮捕したとき、BGFの広報担当者は、逮捕によってシュエコッコの「通常の業務に悪影響が及ぶことはない」と公に述べた。
2023年6月初旬にタイが国境地帯への電力削減に動いたとき、BGFは二国間貿易のための最大の国境検問所を閉鎖すると脅した。
タイが電力供給を圧迫した後、BGFは発電機用のディーゼル輸入を増やし、取り締まりを金儲けの機会に変えた。

犯罪組織を抑制しようとする中国の動きさえも、さまざまな影響しかもたらしていない
中国は詐欺行為の主要なターゲットとして、自国民と東南アジア近隣諸国との関係を守るために、詐欺行為を抑制するための重要な措置を講じている。
中国政府は銀行に対するマネーロンダリング対策の要件を強化し、微信の取り締まりによって犯罪者の中国通信へのアクセスを遮断し、人身売買に対する国民の意識を高め、多くの中国人の東南アジアへの旅行を禁止した。

残念ながら、これらのどれもネットワークの地域的な広がりを止めることはできませんでした。
その代わりに、暴力団は適応し、中国国外の市場に重点を置き、若い中国人求職者を売買する取り組みを再調整した。

先月(6月)、中国当局は軍事政権がミャンマーの中国人に向けられた犯罪行為を鎮圧すると主張した。
今のところ、チット・トゥーと彼のBGFは依然として処罰を受けずに活動を続けており、
4月に民主派勢力が開始したような軍事作戦ですら犯罪者を排除できないことは明らかである。
これに便乗して、他の武装民兵も驚くべき速度で独自の飛び地を建設している。

協調的かつ国境を越えたアプローチのみがミャンマーを拠点とする犯罪の蔓延を阻止できる。
こうした犯罪ネットワークの台頭を食い止めるには、国際的な協調した取り組みが必要となる。
米国は潜在的に主導的な役割を果たし、他国と連携してBGFを制裁し、ミャンマーのすべての犯罪民兵組織への電気通信サービスを遮断する可能性がある。
これには近隣諸国や他の国際法執行機関との慎重な調整が必要となるだろう。
世界中で人身売買された膨大な数の被害者をミャンマー国内に送還するには、国境を越えた大規模な作戦が必要となる。

◎The Latest @ USIP: For Myanmar’s Economy to Recover, Military Rule Must End
Monday, July 17, 2023 / BY: Sean Turnell

ミャンマーの2021年2月の軍事クーデターは、民政下で成し遂げられた経済発展のほぼすべてを消し去った。
現在もこの国の経済は完全に壊滅状態にあり、軍事政権による暴力と不安定さが蔓延する中、自国の通貨はその価値の30パーセントを失っている。
マッコーリー大学のショーン・ターネル氏は、軍事政権によって約2年間投獄されるまで、退陣させられた指導者アウン・サン・スー・チー氏の経済顧問を務めた人物であるが、ミャンマーの経済危機を解決する方法はただ一つ、軍政を終わらせるしかないと言う。
そして国際社会は民主的な文民統治への復帰を確実にするために全力を尽くすべきだ。

Blinken: Broad ASEAN Support to Press Myanmar’s Junta to Stop Violence
July 14, 2023 6:19
https://www.voanews.com/a/blinken-broad-asean-support-to-press-myanmar-s-junta-to-stop-violence-/7181587.html

◎マンダレー王宮の行方不明囚人たち

https://myanmar-now.org/en/news/the-missing-prisoners-of-mandalay-palace/

◎店主の友人、Minさん夫妻のお店
美味しいミャンマー料理とミャンマーカラオケ

土曜、日曜日は昼も夜もミャンマーの方達でいっぱいです。
平日は事前連絡の上、行かれることをお勧めします。
何を食べても美味しいですよ。
ラぺッ・トウッ(お茶の葉と揚げたニンニクや豆類、干しエビなどを混ぜて食べるサラダ)
サモサ(三角の揚げ物スナック)
ダンバウ(カレー風味の骨つき鶏もも肉の炊き込みご飯)
モヒンガー(ミャンマーを代表する魚ベースのスープの麺料理)
焼き鴨

春雨スープ

ミャンマー式ビーフカレー
バナナのケーキ
蟹と春雨の少し辛い煮込み
豚足煮込み
他無数にあります。

東京にあるミャンマー料理店よりも美味しいですよ!
ミャンマーのことも聞いてみてね。
ミンさんの故郷の村(ザガイン管区)も軍事政権軍による焦土攻撃で今は無人廃墟の村。

私のリンゴケーキと双璧を成す彼女のバナナケーキ。
これぞミャンマーのデザート!


2023年6/3(土)〜6/4(日)有松絞りまつり開催時に行った
『ミャンマー(ビルマ)支援チャリティー』
では、材料費等を除く収益をミャンマーに送ることが出来ました。
6/3(土)110,000¥ 6/4(日)150,000¥
合計260,000¥
ありがとうございました。

※名古屋でも主に日曜日の夕方に(毎週ではない)
名古屋駅、又は栄方面で
在日ミャンマー人の若者達(Myanmar Youth Community と Nagoya Youth Association For Myanmar)が募金活動を行なっております。
見かけることがございましたら
宜しくお願いします。

写真はMYCの皆様2022年8/12日

《メディア媒体について》

○国営新聞MyanmarAline (軍政プロパガンダ)(国内向け)
○国営英字新聞Global New Light of Myanmar(軍政プロパガンダ)(国外向け)
(逮捕された市民の氏名確認等に使う)
○MNAミャンマーニュースエージェンシー 国営通信者
○MRTVミャンマーラジオTV(軍政プロパガンダ)
○MWD TV MyawaddyTV 国営放送 (軍政プロパガンダ)

これら軍政プロパガンダはクーデター以降、現在、YouTube、FB、Twitter等から追放されています。

☆独立系媒体は軍事政権によって許可停止であるため、
地下に潜って活動中。(以前からタイ、インドに拠点がある。)

ミャンマーの真実を伝えるために必死で頑張っている!
運営資金はほぼ国内外市民からの寄付である。

◎Myanmar-Now(独自の情報網があり必!) 英、ビルマ語

◎Mizzima MizzimaTV(独自の情報網があり必!)英、ビルマ語

◎KhitThitMedia改め(FBとTwitterはそのまま) 
(情報が早い、市民密着型、ただし全文ビルマ語。)
現在はKhit Thit News Agencyになりました。
Telegramをやめて、WEBサイトになりました。

◎DVB Dvb Burmese 民主ビルマの声
(一部ノルウェー政府資金支援 元々は同国へ避難民の方々が創設)ビルマ語、英語版もある。

◎The Irrawaddy イラワジ紙(日本の朝日新聞と毎日新聞に相当する。
外交にも強い。外交官寄稿文にもよく引用される。)
英、ビルマ語(ビルマ語版はより細かい事例まで転載)

◎The Chindwin ( TwitterとFBは情報早い。WEBは他と違った角度で。)英語、ビルマ語

◎RFA Burmeseラジオフリーアジア ビルマ(アメリカ合衆国が資金援助)ビルマ語、一部英語

◎VOA Burmeseボイスオブアメリカ ビルマ(アメリカ合衆国が資金援助)ビルマ語

◎その他DMG・・・・・
他・・・・・

◎KachinNewsGroup カチン語、ビルマ語、英語
◎その他・・・

◎BBC Burmese BBCビルマ(英国)ビルマ語、英語

◎Frontier MYANMAR 英語

各PDF(人民防衛隊)等の映像はFBwatchから。
また、ミャンマー人はFBを主に活用している
(ミャンマーメディア媒体もWEBとは別にFB,FBwatch)
(また細々とした情報媒体もFB上に存在する)ので情報収集、コンタクトにFBは不可欠。

※以下、2023年6月下旬以前の転載分は『トピックス』のコーナーにあります。
トップページ一番上のメニュータブから
『インフォメーション』→『トピックス』をクリックしてください。

 ミャンマー連邦共和国挙国一致内閣 国民統一政府NUG WEBサイト。
ビルマ語英語切り替え

https://www.nugmyanmar.org/en/

 ガガーリン8707D0D9-71D1-43AC-B9F8-AA07018B3F5F

有松絞会館前、ユーラシア食堂さらび店前にございます
『石碑』について。

石碑1
ユーラシア食堂さらび店前にあります石碑はどのような石碑かご存知でしょうか・・

この石碑は 江戸時代後期の歴史家、思想家、漢詩人、文人で

幕末、明治維新から昭和の戦前期まで広く影響を与えた『日本外史』(幕末から明治にかけてもっとも多く読まれた歴史書)などの著者、頼山陽(らい さんよう)が1813年11月、有松 井桁屋に一泊することになった時に見た当時の有松の街、絞り染めのすばらしい衣、桶狭間の古戦場、を 頼山陽の感性によて見事に描かれた『過 有松邨』(詩)であります。さらび店内に詩のリーフあります。
 山陽1
山陽2
  
歴史ファン必見!

とは言うものの戦前、戦中世代の方々には大変良く知られた人物なのですが、戦後世代以降にはほとんど知る人がいません。

簡単に補足しておきます。

山陽写真

頼山陽(らいさんよう)
1781〜1832 名は襄(のぼる)
主著『日本外史』は
幕末の尊王攘夷運動に影響を与え、日本史上のベストセラーとなった。
幕末から明治にかけてもっとも多く読まれた歴史書。
(外史とは民間による歴史書の意)伊藤博文(倒幕派)、近藤勇(佐幕派)の愛読書であったことでも知られる。

ただし江戸幕府の正当性を主張したとする山陽自身の説明があったにも関わらず、
この部分が世に出る事がなかったために幕末において「誤読」され続け、
山陽の随筆意図と無関係な尊王攘夷や
むしろ対極にある討幕論が生み出された。

また山陽の説明(「例言」第四則)がこの世に出た以降も討幕に否定的な歴史書であることが意図的に無視される。

そして明治以降は天皇制の権威付けに
昭和6年以降〜終戦までは思想統制に利用され、

こうした経緯があり戦後GHQの意向により意図的に知られなくなる。

山陽のことが戦後世代にあまり知られていないのは当然である。

では 日本外史の中でもっとも分かりやすい山陽の描写

『敵は本能寺にあり』これでおわかりですな・・・

本C5C52DE9-01B2-4BBF-B978-0981EE8A227D
店主の書評 『頼山陽と戦争国家』著 見延典子

 
没後の頼山陽の評価の変遷をまとめ上げた貴重な書。
巻末には貴重な関連資料集あり。

そもそも現代日本人のほとんどは頼山陽のことを知らないであろう。
昭和12〜3年生まれ以前の方々には ほぼ100%知られた存在。
何故なら『日本外史』の「桜井駅の訣別」は
当時の教育現場で読み継がれていた。
戦前の国定教科書である。

と云ったところで余程の昭和史通、又は「太平記」(楠正成だー)って分かる歴史通、
又は戦前世代にしか理解して頂けないのだが…

江戸時代後期の 歴史家、思想家、漢詩人
である頼山陽がまとめ上げた民間による日本の武家の歴史。

『日本外史』は平氏から徳川氏まで、
(この時代までの日本のこれまでの歴史をまとめ上げた 日本の歴史 なる書は一般人が目にすることはまだ無かった。
信長公記、甲陽軍鑑、太平記など各々の記録は沢山あるのだが)

これが『日本外史』で当時の老中首座 松平定信
に高く評価されるのだが、
  世の中に知られるようになるのは
  山陽の死後の話。

時が経ち、多方からこの「日本外史」が出版され(当時は著作権など無い)
幕末の大ベストセラー
(ある部分が削られた=誤読される)になる。=(尊皇攘夷に影響を与える)吉田松陰

幕末期、佐幕派(例として土佐藩主 山内容堂公、 天璋院篤姫、 新選組局長 近藤勇)にも
討幕派(例として吉田松陰  伊藤博文「日本政記」も)にも愛読される。

明治政府以降天皇の権威付けに利用させていく。
 何が? どのように?

本書には山陽が『日本外史』『日本政記』(神武天皇に始まる歴代天皇の事績をまとめ上げた書)をまとめ上げるにあたって
山陽が調べた、熟読した山陽以前の過去の書物、参考にしたであろう多くの書物、
研究者が注目する当時の太平記ネタ本=こちらのほうから世に太平記が知れ渡る など紹介しつつ再確認しながら

その後、明治から大正、昭和と時が経つにつれ、どのように曲解されていったか…

※主に南北朝時代→太平記→日本外史と日本政記→南朝正統論→南北朝正潤問題→楠正成→桜井駅の訣別
(つくられる「忠臣」楠正成像)→湊川神社
山陽漢詩の書換え「七生滅賊」が国益に沿うように「七生報国」
昭和初期の世論右傾化に影響を与え、山陽を曲解し、都合よく利用した
徳富蘇峰、
頼山陽先生百年祭昭和6年につながる。

紹介しつつ再確認し、
昭和初期の事件、出来事と照らし合わせながら
時の政治によって右傾化する頼山陽をじんわりと浮かび上がらせる。

進む軍国化思想統制→頼山陽の神格化→反論

戦後 消える頼山陽=GHQ

また、序盤の頼山陽をとりまく政治世界
では「日本外史引用書目」(259の参考文献)の中で『大日本史』(水戸光圀が編纂に着手)
と『大日本史賛藪』(水戸黄門の格さんの論賛)についての記実あり、山陽に影響を与えたことが分かる。

また水戸藩が編纂をはじめた『大日本史』は完成するのが二百数十年後の1906年。

安積澹泊(水戸黄門の格さん  御老公の御前である 頭が高い 控えおろう)の論賛が削除されたり
=後期水戸学派によってつくられた「大義名分論」

削除を企た理由=いわゆる国体の概念。→大正、昭和天皇も認めていた“天皇機関説”の排除。

[本書に出てくる天皇機関説から本書の外へ時計の針を進めると、終戦を境に復権した(ヨハンセン)吉田茂は“天皇機関説事件”で野に下った金森徳次郎に自らの内閣で憲法問題専門の国務大臣ポストに就いていただき帝国憲法改正案(日本側の案とGHQが示した案を元に新たな憲法改正案を練っていた)を“現実の憲法”=今の日本国憲法
に仕立て上げるためにコンビを組むのである。
吉田茂は憲法作りに政治生命を懸けた。
(幣原や吉田は日本占領に口を挟むことの出来る極東委員会の中には日本の天皇制に批判的な国々から糾弾を受ける可能性があり、(天皇の戦争責任、天皇制の廃止)天皇を守るには時間との戦いであった。
マッカーサーと吉田の気が合ったのも大きい。(例、昭和天皇とマッカーサーの写真))   
こうした吉田や金森をはじめ、現在の日本国憲法を練って闘った政治家、関係者(例 白洲次郎)、昭和天皇側近たちの動きを無視して「占領軍の作った憲法、押しつけ憲法」と批判して改正を声高にするのは皮相的で批判する側の見識の無さが見て取れる。
吉田が権力の座から降りた後、改正論者(例 鳩山一郎、岸信介)の言に反射的に反発する。
(「当時の社会党などが主張する護憲派とは異質の政治姿勢であり、系譜であるように思うのである」作家で昭和史研究の保阪正康氏)  ] 

話を戻すと、『大日本史』に多くの編者が関わったりしたことで、
原点である徳川光圀(御老公様 先の副将軍 水戸光圀公)
の考えから離れていった。

水戸学は 前期水戸学派 後期水戸学派
と分かれ 系列が異なる。

筆者曰く 
水戸学の変質にあわせるように、
山陽も道連れにされた観がある。

 初志を貫徹しるため山陽は多くの書物を読み、
人の意見に耳を傾けた。
批判もしたが、なるほどと思うものは貪欲に吸収しようとした。
その上で自分なりの独自の視点を身につけ、思考を深めた。
山陽が書いたものが誰かの踏襲であったり
踏襲と踏襲が掛け合わさったりしているように思えるのも、だから必然である。
山陽や著作をありのままに受け入れて読むところから、
山陽の再評価の道は開けていくであろう。

新聞1 D6DF5543-EE99-4F15-9746-51DD120ADDB6 
新聞2 E1BA1081-456E-4724-B136-96367A659A72
新聞3  04BCC617-9FEE-4CB0-A186-6D570D5305B2
新聞4 BF4D46CC-018E-428B-8D5B-F1AAF4E0B8AC
※旧ソ連によるシベリア抑留と旧日本軍によるシベリア出兵 
による犠牲者追悼墓参を長年されてこられました横山周導氏率いる
NPO法人『ロシアとの友好・親善をすすめる会』が
会員の高齢化に伴う会員数減少により継続的な法人としての運営が困難となり
2020年7月、解散された。
非常に残念な思いです。

本 DDC4F21E-5073-449A-BD1B-0BA114FB66DD
厚生労働省(ロシア連邦政府等から提供された抑留者関係資料一覧)
https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/syakai/soren/itiran/index.html

ウクライナ&ロシア ランチ

[ミャンマー支援チャリティー]

ジョージア(グルジア)ナチュラルワイン

☆旧ソ連関連映画『スパイを愛した女たち リヒャルト・ゾルゲ』

『プーチンより愛を込めて』

《☆トピック★ビルマ(ミャンマー)情勢☆》

頼山陽石碑について

ご友人 ご家族での会食、ディナーのご案内 

ロシアの政権が始めた戦争により
亡くなられた全ての方々に
(無益な戦争に動員され亡くなった多くのロシア兵含む)
哀悼の意を表します。

◎『6月のお休み』は
6/14(水)です。

※悪天候等、集客の見込みがない日には早く閉めることもあります。
ご来店がお決まりのお客様はご予約頂けると幸いです。

※スマートフォンのお客様は
トップページのいちばん最初のところまで戻してから
左上のメニュータブ
をクリックして下さい。

営業日カレンダー、
各種メニュー、
御予約メール、
Instagram
等は
タブをクリックすると出てきます。

お昼のランチは 
御来店がお決まりのお客様は御予約をお願い致します。
座席は御予約のお客様を優先いたします。

《暫くの間、営業時間は》
ランチ
11:30~16:00
※終了時刻はその日の状況により前後します。
買い出し等、都合により早めに閉める日もあります。(木曜日が多い)

☆夜のディナーは全日要予約です。☆

☆夜のディナーにつきましては事前に要予約⭐︎
17:30~22:00迄
お休み日以外の日時で受付ております。 

御予約、ご要望等はお電話で承ります。
ホームページメールフォームからメールでも結構です。

※(お休み日は電話に出られない時間帯がございます。
必要事項ご記入の上、ホームページメールフォームからメールでお願い致します。)


6/3(土)〜6/4(日)有松絞りまつり開催時に行った
『ミャンマー(ビルマ)支援チャリティー』
では、材料費等を除く収益をミャンマーに送ることが出来ました。
6/3(土)110,000¥ 6/4(日)150,000¥
合計260,000¥
ありがとうございました。

『ジョージア(グルジア)コース』と『おまかせコース』を改定しました。
※詳しくはメニュータブからコースメニューをクリックしてください。

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.

また、少しずつですがアラカルトのジョージア(グルジア)料理も改良していきます。
クリスマスや新年、
家族でのお食事、仲間内でのパーティー、送別会等には
アラカルトメニューにあります 『タバカ』や『米燻嫩鶏』をメニューに取り入れたお任せコースも良いかと思います。
また単品アラカルトとして、条件付きでお持ち帰りも可です。
(例として大皿持参、お車でお越しの事前に御予約を頂きましたお客様)

 
鶏タバカ65E04DC3-3F06-4407-B35F-0BC206741690鶏燻製tempImageZLAcGtタバカE0EAB137-5CBC-4201-89AB-C33ABD3A667D

☆お昼のランチは
7月上旬まで
『ウクライナ&ロシア』ランチです。
写真はЩи シー shchiです。

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ランチ2023春(ドラッグされました) 2
ランチ2023春(ドラッグされました) 3

ユーラシア食堂さらび では夕方以降の会食承っております。
 旧東海道のひっそりとしたプライベートな空間で

美味しい中国料理、ロシア料理、中央アジアの料理をお楽しみ下さい。

小さな食堂ですが造り手と接することのできるお店です。お一人様から20名様位迄で対応しております。

当店は特殊な場所に位置しておりますので集客の見込みの無い日には早めに閉める事があります。また、小さなお店ですのでせっかくお越し頂いてもご予約のお客様でいっぱいで入店出来ない場合もございます。

ご予約の程よろしくお願い致します。

 料理内容等はアラカルトから選んで頂いても結構です。

☆お勧めは お客様のご要望と御予算をお聞きした上で内容を決める

『おまかせコース』プランです。

普段お出ししていない料理は こちらの『おまかせコース』プランからです。

パンペリメニ

キエフA79D9AF7-9F19-4E33-A8EC-AD43A56DC89C ニジマス

ご予算ご要望等、お気軽にご相談ください。

ご友人 ご家族でのお食事、ご宴会等、ランチ時間での婦人会等、お待ちしております。

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肉tempImagenXmsWK


ワイン造り8000年の歴史を持つワイン発祥の地ジョージア(グルジア)

8000年前からの造り方《タンクや樽ではなく、“クヴェヴリ(甕)”》
 で造られた自然派の造り手たち、

伝統製法継承者たちの
『ジョージア(グルジア)ナチュラルワイン』
も入荷しています。

クヴェヴリ絵6CA013E2-B008-4DEE-A402-44834A6AA1BF_1_201_a

【クヴェヴリ は世界文化遺産です】

※新入荷の自然派ジョージアワインがリストに加わりました。
リストの変更、更新を定期的に行っております。
今季も年末シーズンを前に新入荷しました。
ドリンクメニューからご確認ください。


ジョージア(グルジア)自然派の造り手による
クヴェヴリ醸造ナチュラルワインを
メインに取り揃えておりますが、

一部、ジョージアワインメーカー(自然派ではない)工場生産ワインも
白と赤1〜2種ご用意しております。
私のお勧めは“自然派”ですが、
一部、ジョージアワインメーカー(自然派ではない工場生産ワイン)も
白と赤1〜2種ご用意しております。
よく知られた地区の名を冠するメーカー生産ワインも少しだけ用意しようと思いました。
 白、ツィナンダリ 
 赤、キンズマラウリ
どちらも飲み易く工場生産ワインですからお手頃価格です。
東京のロシア料理店より断然お値打ちです。

また、『南ロシア 黒海沿岸のワイン』も入荷。
南ロシアの代表的ブランドメーカーワインも良いと思います。

元々、古くから葡萄が育つのに適した環境で
自然のままに近い環境で育てられた葡萄のワインは
最近、世界でも注目されています。
旧ソ連圏ではジョージア(グルジア)を筆頭にすぐ隣のアルメニア、黒海沿岸のウクライナ、南ロシアも古くからのワインの産地です。

[※ウクライナ戦争の影響によりロシア製品は確保分限り。]

[※ウクライナ戦争の影響によりロシア産バルティカビール確保分は無くなりました。
ビールの種類が替わりました。
ロシア産に代わり、モルドバ産とチェコ産に切り替わります。]

[※ウクライナ産ホリルカ(ウオッカ)入荷。]
ウクライナ支援者の方からの入荷です。
DISTL No9
Small Batch Vodkaを飲む、
ウクライナ支援になる!
(購入時に寄付されています。
お客様が飲まれる事は次の寄付に繋がります。)

1ST(1oz 28ml)390円税込 サンキュー
DISTL蜂蜜漬けレモンサワー700円税込

〈詳しくはドリンクメニューでご確認ください。〉
※一番上まで戻してから左側のタブからドリンクメニューをクリック

林檎89E39172-391E-4139-A9D7-9CCADECFD3EDピローグ

お客様のご予算、料理の希望内容等、柔軟に対応させて頂きます。

前日、当日のご予約でご利用いただけるコースもございます。

ハチャプリ焼く前

973B647C-9D9C-4453-A772-FEF2013E04E0カニハチャプリ
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サラダtempImage2P4Vix

ご依頼、ご相談は店主までお気軽にどうぞ。

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※詳しくはコースメニューでご確認ください。
スマートフォンの場合
一番上まで戻してから左上のメニュータブをタップ

2021秋〜ディナーのご案内(ドラッグされました)

☆旧ソ連関連映画☆
『スパイを愛した女たち 
リヒャルト・ゾルゲ』

あのゾルゲを追った長編映画全12話が
名古屋でも日時を限定して上映されます!

今年3月に休館となりました
名古屋名演小劇場にて
◎6/3(土)1~6話、 6/4(日)7~12話

◎6/10(土)1~6話、  6/11(日)7~12話

※私の店でも前売り券取り扱っております。
3回券 ¥3,000(税込)  6回通し券 ¥5,000(税込)

ゾルゲ チラシ

 ◎映画『スパイを愛した女たち リヒャルト・ゾルゲ』公式サイト

今と違い、30年以上前のNHKの放送、姿勢には中身があった。
“ゾルゲ国際諜報団逮捕”NHK1981年11/7日

1981年のこの放送の中で「日本は蟹である」とのソ連側の捉え方があるが、
”甲羅の中はグチャグチャ”
私も同感である。
それは今も変わらないと私は感じるし、
この先もおそらく『蟹』なんだろう。

“国際スパイ・ゾルゲ 前編”NHK BS 1991年11/7日

“国際スパイ・ゾルゲ 後編”NHK BS 1991年11/7日

ゾルゲの恋人石井花子さんが建立したゾルゲの墓(多摩霊園)

『プーチンより愛を込めて』
名古屋地区は
今池の「名古屋シネマテーク」にて
名古屋シネマテーク公式サイト
6/10(土)〜6/23(金)迄

名古屋シネマテークでは
名古屋では
3月に上映されました 

ジョージア🇬🇪『オータル・イオセリアーニ映画祭』のアンコールが
6/10(土)〜16(金)迄の一週間
上映されます。

名古屋シネマテーク公式サイト

ミャンマー1F2B8ABF-9B1B-4470-A079-0DABDC37838D
始める前に少し解説。
この旗、台湾の国旗に似ているけれど違います。
ビルマ(ミャンマー)がイギリスの植民地から独立してから1950年代に使われていた国旗、
ミャンマーの今の国旗は2021年2/1日クーデター後、軍事政権の旗になりはてているので、
民主派は今は皆こちらの昔のBurma旗を使うのです。

アメリカ合衆国The Armed Conflict Location & Event Data Project (ACLED)
によると

acleddata.com/conflictwatchlist2023myanmar 
2022年1年間の民間人に対するミャンマー軍事政権の政治的暴力件数は確認されているだけで9284件に上り世界最悪で、2番目のアフガニスタンの2.5倍に上る。
2022年度の推定民間人死亡者数は最低19,000人以上です。

※ウクライナはロシアとの国家間戦争で性質が異なるので対象にしない。
aappb.org AAPPビルマ政治囚人支援協会発表の死亡者数3,465人は(クーデター2021年2/1日〜2023年5/5日迄)
AAPPが死亡者を確認、身元の特定出来た数字であり、

”実際の死亡者数は遥かに多いです。”
とAAPPも伝えている。
しかし、
報道媒体がこの数値をなんの説明も無しに
死亡者数のみを伝えるので、
実体の過小評価に繋がっている。

アメリカ合衆国ACLED(全世界の紛争のデータ分析評価)のデータでは
ACIED data conflict severity index 紛争深刻度指数
2022年度1年間にミャンマーでの紛争関連で死亡した民間人は
最低19,000人以上である。
これにはミャンマー軍、軍政側の死亡者は含まれない。

4/11日朝ザガイン管区カンバルタウンシップ PaZi Gyi村の空爆虐殺の犠牲者に哀悼の意を表します。

hrw.org2023/05/09/Myanmar enhanced blast strike likely war crime 4/11日のこの空爆で市民に対しミャンマー軍は強化爆風Thermobaric タイプの燃料気化爆弾を使用したことがヒューマンライツウォッチHRWの調べで判った。5/9日

ミャンマー国民統一政府NUG暫定大統領ドゥワラシラDuwa Lashi La
カチン民族出身 ビルマ語 英語 カチン語 カチンの幾つかの民族語を理解し話す。
私もrespectする闘う暫定大統領!
また、世界で最も知られていない(今は)暫定大統領。


ミャンマー(ビルマ)の人々
強固な団結心、
連邦意識、
自分を犠牲にしても勝ち取る権利、
強い意思、
逞しい人々、

尊敬と敬意の念をこめて

☆トピック☆
 《ビルマ(ミャンマー)情勢》
デモ787585AD-74A5-4E12-A494-35850A1F7304_4_5005_c

正統なリーダー。9/12/2021,東京国連大学前にて店主撮影
私にとってDaw Aung San Suu Kyi 氏の内面を知り得る最良の書
2022年2/1日在京ミャンマー大使館前にて店主撮影

☆毎日のビルマ(ミャンマー)情勢については

外交官もよく引用する媒体として
◎MyanmarNow(ミャンマーナウ)
https://myanmar-now.org/en

◎TheIrrawaddy(イラワジ紙)
https://www.irrawaddy.com/

◎RadioFreeAsia Myanmar(ラジオフリーアジア ミャンマー)
https://www.rfa.org/english/news/myanmar

でご確認ください。

ビルマ語エディションに切り替えると
より細かい所まで判りますがミャンマー人向け、English版は寄り対外向け。
知りたい内容で切り替えると良いでしょう。

◎その他ミャンマー媒体につきましては
下方、ガカーリンの食事写真の手前付近に
簡単なメディア表を表記しましたので
そちらを参考に検索してください。

※過去記事は(2023年4月中旬以前)
『トピックス』のコーナーへ移しました。
トップページ一番上のメニュータブから
→『インフォメーション』→『トピックス』

最近のミャンマー勢力図。
ミンアウンフライン率いる軍事クーデター政権は
支配出来ている版図は面積的に云えば
もはや国の半分にも満たない。

2021年2/1日クーデター以前のミャンマー国軍の実行支配地域図

2023年に入ってからごく最近のミャンマー軍の実効支配地域図
引用元FreeBurmaRangers2023/04/24/situation maps the burma armys authority deteriorates as it struggles to maintain control within the country

客観的に見て良い指摘だが、冷めた見方、解決策の無い文章。
全体的に良く観察されている。ただ、冷めた感じ。
内容は良い。
3回シリーズ、の1と2。
2 Years of Turmoil: Myanmar’s Spiraling Civil War – The Diplomat
2 Years of Turmoil: Myanmar’s Grinding Stalemate – The Diplomat

こうした冷めた見方の人にはわかるまい。
ビルマの国内外の普通の人々の心のうちを理解することに努めるべき。
シリーズ3回目
https://thediplomat.com/2023/05/two-years-of-turmoil-myanmars-fog-of-war/は現在の状況を良くとらえている。

伝統的なミャンマーの新年であるティンジャン「水かけ祭り」は
先週(4月前半)からミャンマー国内外各地で行われたが(国内は静まりかえってサイレントストライキの時のよう)、
タイ側タイ国境の町メーソート、
日本では4/9日に東京(日比谷公園)、
16日に大阪(神戸)、
九州(鳥栖)で行われたが、

この時期にUPされたこんな動画がある。
分かるかな?

※名古屋でも1ヶ月遅れで
在日ミャンマーの方々が5/21(日)に
伝統行事ティンジャン「水掛けまつり」が行われました。
この地方に在住のミャンマーの方々の楽しみでもあり、伝統行事でもあります。
私もお昼時に行ってまいりました。
1988年以降の以前の軍事政権の弾圧から逃れて日本に渡ってきた人たちが
本国と同じように始めてから今年で25回目。
売り上げ収益は
ミャンマーの国内避難民とミャンマーの民主化のために
役立てられます。

これ、何か分かりますか?
はい、コウロギの炒め。
これ、美味しいの!!

*暫くの間トップに固定

☆NUG国民統一政府への助言 
と言える内容のゲストコラム。
The Irrawaddy opinion guest column2023年5/16日 forging a revolutionary foreign policy for myanmar
今のNUGには頭が痛い話だが、非常に的を得た助言。
私自身、クーデター後から在日の人たちと接してきて、また日本のNUG代表部等、外側から観察して気づいた問題点、改善すべき点、感じたことが
この人のコラムにはよく現れていて
とても良い指摘だと思う。

Forging a Revolutionary Foreign Policy for Myanmar
David SCOTT MATHIESON 2023 年 5 月 16 日
タイの対ミャンマー政策は、タイ外国特派員協会 (FCCT) での最近のイベントの主題となった。
講演者は元タイ外相のカシット・ピロミャ氏と、チェンマイ大学のシラダ・ケマニタタイ氏とタマサート大学のピニットバンド・パリバトラ氏という2人の学者で、反抗的な隣国に対するタイの政策変更の可能性について議論した。

そこにいなかったのは誰ですか?ミャンマーの野党、国民統一政府(NUG)外務省の以下の関係者:タイ問題副大臣[および彼女の政治顧問、報道官、タイ語スピーチライター]、東南アジア地域問題担当副大臣、およびNUG 国家安全保障顧問 [アジア支部] と彼女の 2 人の顧問 [1 人はタイ語に堪能、もう 1 人は中国語に堪能]。

彼らが出席しなかった理由は何ですか? なぜなら、そんな立場や人は存在しないからです。何故ですか?

タイは中国と並んでミャンマーにとって最も重要な隣国であり、昨日の総選挙が示したように、軍事政権にも広く反対している。タイが国家行政評議会(SAC)と継続的な軍の悪政に対する反対派にとって重要であり、何十年もその役割を果たし続けている理由は複数ある。

NUG の外交政策はどの程度効果がありましたか? SACは依然としてネピドーにあり、ミャンマーの半分で戦争が激化している。
この紛争が国際ニュースになることはもうめったになく、世界中でNUGの外務大臣が誰であるか[ドージンマーアウンです]、ましてや大統領代行が誰であるか[ドゥワラシラです]と言える人はほとんどいません。
極端な残虐行為は短いニュースサイクルを作るが、危機がひしめく現場ではミャンマーの話題は失われており、すべてではないにしても、ある程度の責任はNUGの瀕死の外交政策確立に置かれなければならない。

革命的な外交政策を構築するための 5 つの大まかなステップを考えてみましょう。
まず、そして最も重要なことは、連合外交政策を構築することですここでは、民族武装組織(EAO)、特にカレン、カヤー、チン、カチンの武装グループにおけるNUGの暫定的パートナーだけでなく、中国の軌道下にあるより遠方のグループも政策策定の「同等の」パートナーであり、すべてのEAOとその代表者が存在する。
可能であれば、NUG 以外の人民防衛軍 (PDF)。非NUGまたは「連合」パートナーには、同等の地位と敬意が与えられなければなりません。NUG、カレン国民組合KNU(民族同盟)、カレンニ国民進歩党、チン民族戦線が国連特使との「包括的人道フォーラム」を呼びかけた最近の声明は、重要な進展であり、このような重要な分野での協力が重要であることの証拠である。

連合の構築は理論としては革命的とは言えません。連邦議会代表委員会(CRPH)(クーデター前の2020年選挙で勝利して連邦議員となった議員による)、国家統一諮問委員会(NUCC)および連邦民主憲章の結成直後から、協力することが反SAC同盟の基礎となっている。革命的でなければならないのは、レジスタンスがより良く行動するよう私的にも公的にも多くの支持を表明した結果、連合の構築が現実になったことです。
期待が非常に低いため、今すぐ抜本的な対策を講じる必要があります。

NUG は、より重要な戦略的役割を果たすリソースを縮小し、再配分する必要があります。
大統領府の上級幹部。国防省を通じて民族解放戦争を戦っているが、大幅な再編が必要な内務・移民省とも不一致である。
外務省は革命が国際的な物語を確実に支配するようにする。
人道問題・災害管理省。女性・青少年・児童省、およびさまざまな募金部門、他のすべての「政府のような」省庁は二の次の重要性に追いやられるべきです。
ササ国際協力大臣の発言を黙らせる。彼は前向きな一歩であり、彼は猛烈な変わり者だったが、ドー・ジン・マー・アウン外相も彼女の代理のウー・モエ・ゾー・ウーも埋められなかったコミュニケーションの空白を残した。

NUGには、連邦省を廃止するか、連邦省を格下げして、ますます説得力のなくなってきた大臣リアン・サコン博士を顧問の地位に就かせるほうがよいだろう。
次に、より重要な事業に費やす時間とお金の節約と、革命を外の世界に説明するのがどれほど簡単になるかを考えてみましょう。連邦モデルに対するシーシュペアの熱狂を支配できなければ、追放された反対派の挫折を招く可能性がある。
まず戦争に勝つことだ。
これを行うには、 International IDEA 
International IDEA 
などのカーペット袋詰めの外国組織を破門する必要があります。
ミャンマーのあらゆる活動から、彼らと他の非常に多くの「統治と選挙」の日和見主義者たちは、無意味なワークショップで抵抗を封じ込めてイノベーションを窒息させている。
連邦主義ワークショップ 1 回分の価格で、SAC ヘリコプターを撃墜するための 5,000 発の弾薬を備えた DShK 12.7mm 重機関銃 2 丁を購入できる可能性があります。

NUG は本物の政府ではないので、政府のように悪い行動をとって時間を無駄にするのはやめてください。
連合のメンバーとして働きます。
「共通の目標、多様な行動」というチャオ・ツァン・ヤウンウェ氏の展望を受け入れてください。
言い換えれば、「和平プロセス」の内外での民族政治的願望に対する国民民主連盟(NLD)のあらゆるアプローチを総合し、それらの恐ろしい間違いを繰り返さないようにすることだ。

第二に、革命的な外交政策は活動家のキャンペーンではなく、
”政治プロジェクト”でなければなりません。
NUGは、少なくとも象徴的には、実際の政府を装おうとしている。
しかし、活動家の衝動は依然として侵入している。これは、人権侵害の優位性に関して特に深刻です。
SAC の人権侵害の規模と度合いを考えると、これを避けるのは困難です。
これは、残虐行為を無視したり、政治犯を忘れたりすることを求める声を正当化するものでは決してありません。
しかし、戦争に勝利してSACを排除し、ミャンマー軍を無力化することが苦しみを終わらせる最良の方法であり、国際介入が来るという絶望的な希望ではない。

ニューヨークの国連代表部と現大使のチョー・モー・トゥン氏は、ミャンマー問題を存続させるために素晴らしい仕事をしている。
しかし、実際には進歩しているのだろうか?「毎週の更新」は人権侵害と絶え間ない軍事政権の殺人機械を前面に押し出しているが、これは国連安全保障理事会からの懸念表明と薄めの決議を超えて実際の実質的な変化をほとんど引き起こしていない。

外交政策の擁護者は、ウクライナに向けられたあらゆる注目と支援について大声で叫ぶのをやめるべきだ。それは逆効果であり、自滅的でもあります。
助けは来ない。
外交官は民間人の苦しみについて長々と聞きたがらない。
彼らは苦しみを終わらせるためのあなたの計画を聞きたがっています。

人権省を設置し、アウン・ミョーミン氏のような著名で尊敬されている活動家を大臣に据えるというのは、新鮮に思えたかもしれない。
「苦情を申し立てる人権メカニズム」を持つこと(原文どおり)) 虐待を報告するためのオンライン報告メカニズムは原則として賞賛に値します。
しかし、それは明白な点を無視している。
政府は、特に政府とその同盟国も人権侵害を行っている場合には、人権侵害の文書化に関与すべきではない。
政府は人権を擁護し、さまざまな省庁や武装組織が法律に違反しないように努めるべきである。
NUGの省庁が3つも人権文書を作成しているというのは不合理であり、外国資金の無駄である。
独立機関は虐待を調査すべきであり、ミャンマーにはそれを行う優れた草の根人権団体が多数ある。

NUG、EAO、および一部の PDF は、国際人道法の推進、交戦規定および行動規範の健全な推進を追求してきました。
しかし、実際の取り締まりは、Facebook ページ上のインフォマーシャルとは異なります。
人権促進に対する抵抗の進展は、国家中心主義の偏見のシステムにおける非国家主体の脆弱性など、1 つのひどい違反によって即座に台無しになる可能性があります。

ロヒンギャに対する大規模暴力が証明したことがあるとすれば、それは、活動は人々の窮状を助長し、国際的な怒りを引き起こす可能性があるが、それは権利や生活の保障にはつながらないということだ。
「ブランド・ミャンマー」は、ロヒンギャの民族浄化だけでなく、2019年末の国際司法裁判所でのアウン・サン・スー・チー氏の誤った弁護によって、取り返しのつかないほどに汚された。
彼女は戦争犯罪は認めたが大量虐殺は認めなかった。これらの残虐行為に対する真の償いは行われていない、あるいは償いの嘆願は不誠実なものであった。
そこで、アジア人権議員らとの最近のジャカルタ訪問に、NUGの人道問題・災害管理大臣であるウィン・ミャット・アイ氏を派遣したという全くの狂気を考えてみましょう。彼が第一次NLD政権の閣僚だった。

スー・チー氏と多くのNLD指導者が投獄されたのは重大な誤審だが、NUGは、国際的な注目を集め、ひいては国際的な注目を集めやすくするための結集者が一人もいない状態で、はるかに自由に外交政策を展開できる。しかし、苦しみの物語ではなく
政治的メッセージを構築するという挑戦はまったく成功していない。

第三に、連合はアジア第一の再編を追求しなければならない。
人道支援と連帯以外のほとんどすべてにおいて西側諸国のことは忘れてください。
ミャンマー民主主義発展に対する米国からの過去の支援にもかかわらず、
ワシントンは何度も、東南アジア諸国連合(ASEAN)との協力と、水面下で浮かんでいるASEANの5項目合意和平計画を強調してきた。
米国国務省のデレク・チョレット参事官がフルクラム誌に掲載した3月の記事「ミャンマーの和平を促進するためにASEANと連携する」はひどい既視感だった。
ASEANの2年間の失敗、偽りの希望、そして屈辱を経て、米国にできるのはインドネシアがミャンマーの平和を促進することを信頼することだけだ。
新しい地域グループ回転椅子はもっとうまくできるでしょうか?

オーストラリアのペニー・ウォン外務大臣は、4月にキャンベラ・ナショナル記者クラブで行った「地域の力の均衡におけるオーストラリアの利益」に関するスピーチの中で、ミャンマーを訪問したことのない唯一の東南アジアの国(ASEANとオーストラリア)として一度言及した。ASEANは東南アジアの「永続する中心機関」として称賛されており、現在のオーストラリア政府は「ASEANおよびその加盟国との関与を最優先事項にしている」。

エスタブリッシュメント誌フォーリン・アフェアーズ誌3/4月号のASEANに関する記事の中で、シンガポール人外交官キショア・マブバニが一度ミャンマーに言及したが、これは超大国の対立を巧みに外交的に導くことに媚びるエリート外交政策へのさらなる付け加えであり、現行号の別の記事でもこれと同じことをしている。フォン・レ・トゥ著。
 西側諸国は、「あなた方にはASEANがあるだけで、他には何もない」とはっきりと主張している。
それは排泄物サンドイッチです。この不快感を回避するには、根本的かつ適応的なアプローチが必要です。
中国と西側の対立[そして多くのアセアン諸国]のバランスをとることは、乗り越えられない課題となるだろう。
誰も中国の宗主権の下で生きたいとは思わない。
しかし、西側諸国は遠く離れたところに住んでおり、現在もそして近い将来も気が散ってしまいます。

革命的な外交政策は、マルチレベルの擁護のために重要なアジア資本の存在を強調しなければならない。
最近のバンコクのイベントに欠席する関係者は、ジャカルタ、クアラルンプール、シンガポール、ソウル、東京といったほとんどの主要首都にポジションを設けて出席しなければならない。
しかし、彼らは、1990年代と2000年代に中途半端な興味を持つ外交官や気を散らした記者に推測や外挿、純粋な発明を売りつけていた前亡命政府(NLD政府時)の気の利いたラウンジトカゲではなく、
地位、言語スキル、洞察力と人脈を備えた真面目な役人でなければならない。

NUG のぐらつく擁護者たちは、そのような地位には資金がないと嘆くだろう。
しかし、現在の資金がオスロ、イタリア、フランスにオフィスを開設するよりも
アジアでのプレゼンスに再調整されれば、
その可能性は十分にあります。
ワシントンとブリュッセルは重要ですが、
ロンドンとキャンベラはそれほど重要ではありません。
英国もオーストラリアもミャンマーを見捨てています。
成功、あるいは少なくとも計画の存在と前進の勢いがあれば、
必要な資金を調達できる可能性があります。
常連客が配当を期待していない限り、単純に給付金を期待してもうまくいくことはほとんどありませんが、ミャンマーの場合は配当が存在しません。

タイや中国などの主要国との連合外交政策は、支持を求めるために多くの重要な政治、経済、安全保障問題に取り組む必要性と、タイのPTTエネルギー取引とSAC、つまり中国の投資をめぐる正当な活動とのバランスをとらなければならない。
モンユワのレパダウン鉱山にて。
これらは巧みな外交が必要な深刻な問題だ。

第四に、パフォーマンスの正当性は、世界的な国家システムや国連における正式な承認よりも優れています。反SAC抵抗が軍事評議会よりもはるかに正当性があることには疑問の余地がありません。
CPRH は、2020 年の選挙勝利の記憶を重要な方法で守り続けており、今後も存続します。
しかし、その政治的有用性には現実には期限がある。
アウン・サン・スー・チー氏と正統政府の幹部、そして1万7000人以上の政治犯が投獄され、民間人が殺害され続ける限り、SACは一片の信頼も失うことはないだろう。

NUG大使U Zaw Moe Tun氏の国連資格に関するミャンマー説明責任プロジェクトやその他の賞賛に値する取り組みは非常に重要であるが、おそらく現状維持がこの面で私たちが目にする最大の成功だろう。
革命的な外交政策当局者を国際会議に参加させることは非常に重要だが、
象徴的な写真撮影よりも実際の実質的な交流を求める。
さらに、単に自尊心を高めるルージー的な考え方ではなく、
説得力のある外交に従事するための適切なスキルの組み合わせを役人が確実に身につけるようにする。

そして最後に、長期的な公共計画に取り組みます。
声明や定型的な論説だけでなく、
演説や「白書」などの政策文書で、
外交政策の目標を公に明確にすることが重要である(これらも重要だが)。
問題は予測ではなく、
声明の発表を超えた政策展開である。
NUG外務省はこの点では多作だが、
実質的な外交政策の明確化に欠けている。
大臣がスピーチライターを持っているなら、それは厳重な秘密だ。

数多くの外交政策のシナリオを計画します。
不可侵の立場を刻むものではなく、公の場での議論のテーマとして一連の基本的な交渉要点を策定します。
戦場、社会福祉、さまざまな形態の連邦主義の受け入れを含む同盟構築の進展での損得を明確にし、
国際行動を要求する法令は発令しない。
 軍を打倒するために計画された外交政策は、
確固たる計画と現実的な成功への目標を備えた首尾一貫した連合でなければなりません。
現在、NUG はこれらの特質を体現しておらず、
2 年間の精彩のない方向性の失われた時間の中で、日々正当性を脱ぎ捨てています。

しかし、遅すぎるということはありません。
政策計画の 2 つの重要な要素は、NUG内のエリート レベルの議論と調査、もう 1 つは傾向とアプローチに関するより重要な公開の議論です。
前者が後者よりも特権的であることがあまりにも多い。
革命的な民族解放の時代において、これは誤りであり、革命連合は、メディア、シンクタンク、公的知識人や市民社会において、複雑な問題についての公開討論を積極的に奨励しなければならない。

最も優れた思想家や戦略家の中には、戦略政策研究所、サルウィン研究所、その他多くのシンクタンクがあり、それらは NUG や EAO に従属するべきではありませんが、その重要な貢献が認められています。
公開討論を行う。
同様に、メディアも国際問題や複数の見解についてさらに多くのニュース分析を行うよう奨励されるべきである。

非常に多くの政策策定が、どこにでも妨害者やライバルがいることを認識し、
革新よりも忠誠を重んじる政治運営者によってパラノイアのファイアウォールの背後に隠蔽されています。
これがNLDの呪いだ。これは、ストレステスト、ピアレビュー、および建設的な批判を専門的に育成することに悪影響を及ぼします。

外国の寄付者や顧問は、政策設計の質に疑問があることや高官に対する影響力に対する説明責任を確実にするために、この秘密保持を奨励することが多い。
NUG、NUCC、そして多くの場合EAOにもアドバイスを与える、悪意のあるミルクトーストたちの群衆は、真の進歩の首にある石臼である。
全国停戦協定の数年間に富を得た外国人が、
特に親SAC和平プロセス運営委員会に近い外国人が失敗の積極的な主体であった頃、未だに顧問の役割を果たしているのは倫理的に卑劣だ。
国際的なドナーの縁故主義が犯罪的過失になる時点が来る。

NUG諮問機関の内部関係者の何人が親軍・和平の「改革者」であり、治安部隊が「変えたい」と望んでおり、NUG寄りの立場に形を変えたという虚構を維持することで莫大な利益を得ていたかについても考えてみてほしい。
テイン・セイン政権からNLD政権、そして亡命運動に至るまで、道徳的に柔軟な見通しを示しているが、重大な懐疑に値する。

紛争地帯、都市、町、
そして亡命中の多くの若いレジスタンス戦士や支援者たちがずっと前に気づいていたように、
ミャンマー国民だけが闘いに参加しているのであれば、
外交政策はまったく無意味かもしれない。
しかし、ミャンマー軍の外国政府船(武器と資金の調達先)が単音節の無気力とゴルフに閉じ込められているオープンフィールドがあります。

しかし、私たちは、もはや権利や民主主義を擁護しない、暗黒勢力によるウェストファリア後のディストピア的なシステムの中に住んでいます。
レジスタンスの非常に多くの要素が真に進化的であるのと同様に、
世界との交流も、
軍事政権後のミャンマー、
一部の若い革命家が呼ぶところの「新しいビルマ」の再建の未来を形作るのに役立つはずである。
反SAC連合は、現実世界の課題に直面し、
新たな外交を構築することから今すぐ始めることができる。

ロヒンギャ族の苦しみ
5/14日、サイクロン モカ の直撃を受けた
ミャンマー ラカイン州北西部
ロヒンギャ族国内避難民ばかりが犠牲になった。

burmese VOAnews5/17日
行方不明者はロヒンギャイスラム教徒。 なぜなら、2012年にシットウェに住むラカイン人が最初に問題になる前、ラカイン州は皆一緒でした。
私たちはイスラム教徒でありイスラム教徒でもあったからです。
現在、村のこちら側(海側)にはイスラム教徒だけが住んでおり、市側にはラカイン人が住んでいます。..それで、この失踪の理由について話すならば、主な問題は私たちの国籍です。この街に住んでいる人たちは、この嵐が起こることを知っているので、知ったらすぐに移動しなければなりません。なぜ私たちイスラム教徒はそこに来なかったのですか? そこに移動するには登録が必要です。私たちイスラム教徒,私たちは登録されていないので。

そう、

タインインダー(土着民族)と国籍法改正、
国家による排除
根深い民族間差別偏見
ラカイン人とロヒンギャ族

『「もし私たちが自宅に留まることを強制されなければ、誰も死ななかったでしょう」 – ロヒンギャサイクロン生存者』
MyanmarNow 2023年5/17日 No one would have died if we were not forced to stay in our homes’ – Rohingya cyclone survivor
ミャンマー西部では数百人が死亡していると懸念されており、サイクロン・モカで確認された犠牲者のほとんどは、嵐の上陸後の高潮で溺れて死亡したロヒンギャ族国内避難民である。
A Rohingya woman holds her baby next to her destroyed house at Basare IDP camp in Sittwe on May 16, 2023, after Cyclone Mocha made landfall two days earlier (SAI AUNG MAIN/AFP via Getty Images)

ラカイン州ブメイ – ベンガル湾近くの漁村ベイダールにある最後の無傷の建造物の一つである四角いセメント板の上に座り、40歳のマウン・セインさんは自分の周囲の環境を苦痛に感じている。

どこもかしこも、凄まじい嵐だったものの残骸で散らかっている。竹で編んだ壁には枝が絡まり、漁網や衣類、かつて家が建っていた場所の瓦礫が残っている。
 日曜日にサイクロン・モカがラカイン州シットウェに上陸し、州都の90%の住居に被害をもたらした。
マウン・セインさんは、妊娠5か月だった27歳の妻、4歳の子供、義理の母と弟を失った。
時速130マイル以上に達する風を動力にして、彼らはそびえ立つ波から力を合わせて逃げた。
マウン・セイン以外は全員サイクロンの高潮で亡くなった。
「このようなことは今まで見たことがありません。
私もこんなに強いとは思っていませんでした…風とともに大きな波が来ました」と彼は語った。
「波はどんどん大きくなり、私たちを押し流していきました。」
5/16火曜日の時点ではまだ子供の遺体を発見できていない。
2023年5月16日、ラカイン州シットウェ郡区のバイダール村でセメント板の上に座る40歳のマウン・セインさん(MyanmarNow)

悲しみに暮れているのはマウン・セインだけではなかった。
バウガディップとしても知られ、ブメイ村区域に位置する人口 450 世帯のバイダール村には、ミャンマーで迫害されているイスラム教徒少数民族ロヒンギャの約 3,000 人が住んでいます。
州都シットウェからわずか3マイル西にある地域の多くの住民も、サイクロンで家族を失ったと報告しているが、死者数の合計はまだわかっていない。
2023 年 5 月 14 日にサイクロン モカが上陸したラカイン州のバイ ダール村の位置を示す地図

5/17水曜日現在も、
ラカイン州の海岸沿いでは地元ロヒンギャのものと思われる死体が漂っているのが引き続き目撃されている。

軍事政権のミン・アウン・フライン長官は5/16火曜日、
軍管理メディアへの声明で、
同国は最小限の人命損失でサイクロン・モカに耐えたと主張し、
21人の死傷者が出たことを挙げ、
ロヒンギャの窮状については言及しなかった。

しかし、約14万人のロヒンギャの国内避難民(IDP)が暮らす沿岸キャンプで洪水が急増し、数百人が行方不明となっており、死亡の恐れがある。
※多くの人は10年以上前、
ミン・アウン・フライン指揮下の同じ軍によって
この地域の家からの避難を余儀なくされた。
それ以来、彼らは自分たちの住居がキャンプから数マイル以内にあることが多いにもかかわらず、
これらの場所に強制的に閉じ込められ、
配給に依存し、
移動の自由も市民権も認められず、
特に自然災害に弱い竹小屋で暮らしている。

しかし、この既知の脆弱性にもかかわらず、
キャンプ管理者、ジャーナリスト、ボランティアを含む地元情報筋は、
これまで軍事評議会や国際援助機関によって
国内避難民をキャンプから避難させたり、
サイクロンの激しさに備えるための有意義な取り組みが行われていなかった
とミャンマー・ナウに語った。

それは当たりました。
地域の拡声器でのサイクロン警報はビルマ語で伝えられたが、
この地域のロヒンギャの多くはビルマ語を話せず、
たとえ10万人以上のロヒンギャ国内避難民が避難を選択したとしても、軍にはこの数の難民を輸送したり収容したりする計画がなかった。
人々、
特に、多くの人が現在進行中の虐殺と呼んでいるもので、
ミャンマー政府から何世代にもわたって疎外され、
抑圧されてきたコミュニティの人々です。

A girl draws water from a pump at Basare IDP camp in Sittwe on May 16, 2023, after Cyclone Mocha hit on May 14 (SAI AUNG MAIN/AFP via Getty Images)

軍は火曜日、メディアの口伝で、
当局がラカイン州全域の地元民2万3000人をサイクロン避難所に移動させ、
国内避難民キャンプから6万2000人以上を安全な場所に移動させたと主張した。
伝えられるところによると、約60万人が自力で移動し、
そのほとんどがラカイン族の仏教徒で、修道院、学校、公民館などに避難している。

サイクロン上陸から2日後の火曜日の時点で、国連人道問題調整事務所(OCHA)は、
援助提供の前提条件となる
必要なニーズの評価の実施を開始するための軍事政権の許可を
まだ待っていると述べた。
「地元では、国内避難民を含む死亡者や行方不明者の可能性が報告されている。
国連とそのパートナーは、災害の影響をより深く理解するために、
アクセスが許可され次第、
迅速なニーズ評価を開始するよう取り組んでいます。
アクセスに関する交渉は進行中だ」
と国連OCHAは声明で述べた。

〔ミャンマーで国連は思うように動けないし、
軍事政権クーデターリーダーの
政治的思惑に左右されっぱなし、
利用されっぱなし!!!
情け無い!!!  
多くのミャンマー人から信頼信用されていない
   店主より〕

ブメイ村地区の生存者たちは、避難所、医療、食料、飲料水を緊急に必要としていると述べた。
地区内にある12のロヒンギャイスラム教徒コミュニティのうちの1つの管理者が照合したリストによると、これまでに58人の死亡が確認され、そのうち32人が女性だった。
 ミャンマー・ナウは火曜日、バイ・ダールと別の村バサーレを訪問し、
死亡者のほとんどがサイクロンの最初の上陸後の高潮で溺死し、
マウン・セイン氏が説明したような前例のない波に押し流されたことを知った。
 バサーレの行政官ローシッド氏は、
村だけで女性6人、10歳未満の少女2人、男性2人が死亡したと述べた。
住民が近くのシットウェ空港に避難しようとしたのは、
膝までの深さの洪水になってからだったが、その時点では手遅れだった、と同氏は回想する。
 「風が強く吹いたとき、多くの人が水の中に落ち、流されていきました。」
犠牲者の1人は25歳のズビさんと特定され、
波を逃れようとして4人の子供とともに溺死した。
「私の妹は4人の子供を抱えていましたが、転倒しました。私は彼女を引き上げることができませんでした」と彼女の18歳の弟、チョー・フラ・セインさんは語った。

A boy exits a destroyed house in the Ohn Taw Chay IDP camp in Sittwe on May 16, 2023, in the aftermath of Cyclone Mocha’s landfall (SAI AUNG MAIN/AFP via Getty Images)

ブ・メイの第10区在住のチット・スウェさんは、嵐が自分の住む地域を飲み込んだ際に8人が死亡するのを目にしたと語った。
「私たちに移転できる場所はもうありませんでした。
もう雨よけの場所はありませんでした。
これほどひどい状況になるとは誰も予想していなかったので、
私たちは自分たちの家に留まりました。
私たちが自宅に留まることを強制されなければ、誰も死ななかったでしょう」
と彼は言いました。

妻、子供、義理の両親を失ったマウン・セインさんは、なぜ他の家族ではなく自分だけがこの恐ろしい嵐の中を生き延びたのか、今でも疑問に思っている。
「なぜ私が生き残ったのかについては、アッラーだけが答えを持っています。」

Poe-U と Myo Tun によるレポート。

◎残念だが、カレン組織の亀裂は深刻だ。

Shwe Kokkoとその他のプロジェクトは今後も
一部のKNU幹部とBGF、軍事政権トップ、中国の犯罪組織の
複合利益集団の手の中。

このエリアのレジスタンス、ライオン大隊は深傷を負った。
ライオン大隊はコートゥーレイ軍の傘下で活動しているが、コートゥーレイ軍はBGFと同様、ミャンマー最古の民族武装組織であるカレン民族同盟KNUの分裂組織である。
衝突は雪だるま式に拡大し、他のコートゥーレイ軍部隊、KNUの主要武装部隊であるカレン民族解放軍KNLAのメンバー、そしてミャンマー軍を巻き込んだ。

FrontierMyanmarから
2023年5/11日
2019年8月20日、カレン州ミャワディ郡区のシュエ・コッコで同団体創立9周年を記念して式典をパレードするカレン州国境警備隊BGFの兵士たち(フロンティア)

この事件はソーシャルメディアでは
BGFと軍の違法な事業利益に対する大胆な攻撃として称賛されたが、
フロンティアのインタビューはむしろ
多くのレジスタンスの死傷者を出し、
異なるカレン族武装グループ間の緊張を高めた
不正な復讐に触発された攻撃の全体像を描いている。

衝突により、裕福な事業主やBGF指導者らはメーソットの仮設アパートに移動するか、タクシーでバンコクへ向かう一方、
数千人の一般労働者や住民は国境沿いでキャンプをし、
水牛やヤギの農場に不法占拠した。
その中には、シュエコッコのレストランで働くマ・エイ・モン*さんも含まれていました。
かつては主に牛の密輸で知られる何の変哲もない村だったシュエ コッコは、
民兵組織と中国人逃亡者が経営する会社ヤタイ インターナショナルとの提携により、
カジノが集まる「新しい都市」に生まれ変わった。
この町がサイバー詐欺と強制労働の中心地となっている証拠が明らかになった。

「あの町は大嫌いです」とエイ・モンさんはフロンティアに語った。
しかし、4月初旬に戦闘から逃げるように彼女に告げた中国の雇用主は、
現在、彼女に仕事に戻るよう要求している。

「この町が崩壊するのを本当に見たかったのです」とエイ・モンさんは語った。
「エ・セイ・ワー(ライオン大隊司令官)と人民防衛軍がこの都市を占領できればいいのに。
この町は非常に多くの若い命を破壊しました。
私はそこで非常に多くの若者が麻薬や犯罪にはまってしまうのを見てきました。」

カレン族レジスタンス内の分裂
シュエ・コッコの悪名高い評判を考えると、多くの人がこの攻撃を応援したが、
KNUの指導者らは激怒した。

ライオン大隊の関係者はフロンティアに対し、
シュエ・コッコを含む北ミャワディ郡区の地域を領有権を主張するKNLA第7旅団の部隊は、
戦闘が勃発した際に助けに来ざるを得ないと感じたと語った。

KNU報道官ソー・トー・ニーはライオン大隊を「愚かな計画を持った規律のない部隊」と非難した。

「軍事作戦が開始されようとしている場合、関係する領土の司令官は承認を与えなければなりません。
この事件では、ライオン大隊とコートゥーレイ軍は
KNU職員の誰にも知らせず、KNU領土内での攻撃を頑固に続けた」とソー・トー・ニー氏は語った。

緊張を理解するには、KNU 内の複雑な分裂を理解する必要があり、その一部は何年も前に遡ります。

民主カレン仏教徒軍は1990年代に初めてKNUから分裂し、
多数派キリスト教徒グループの宗教差別を非難し、その後ミャンマー国軍がKNU本部のマネプラウ占領を支援した。
DKBA の一派は後にカレン BGF となり、
ミャンマー国軍直属の民兵組織となり、現在は政権を代表して戦っている。

2021年の軍事クーデター後、
KNUは反軍政蜂起を支援し、カレンに避難した多くの若い抵抗戦士を訓練し、武装させた。
しかし、KNUのもう一つの主力武装組織であるカレン国防組織KNDOの元指導者、最高位の司令官の一人、ネルダ・ボ・ミャとの衝突もあった。

2021年、ネルダ・ボ・ミャは25人の男性虐殺の容疑で捜査対象となった。
彼は処刑は認めたが、被害者は軍のスパイだったと主張し、
KNUの手続きへの協力を拒否し、代わりに独自のグループを結成し、
それをコートゥーレイ軍と呼んだ。

彼には、それまでKNLA第6旅団の監督下で活動していたクーデター後の2つの抵抗部隊、
ヴェノム・コマンドーとライオン大隊が加わった。

この大隊は、ソーシャルメディアでよくもてはやされる象徴的な隻腕のソー・イー・セイ・ワー大尉が率いています。
しかし昨年、ミャワディ郡南部のウカリタ前哨基地をめぐる戦闘中に、少なくとも3人の捕虜の暴行と処刑を個人的に監督しているビデオ映像が公開された。

ネルダ・ボ・ミャがコートゥーレイ軍の創設を発表すると、KNUはすぐにこの動きを非難し、彼が「KNUの司法手続きに反抗」し、後のウカリタでの殺人事件の捜査も台無しにしたと述べた。

しかしそれ以来、時折緊張が激化するにもかかわらず、両グループの部隊は共通の敵に対して定期的に協力し、カレン州全域のミャンマー軍への攻撃を開始した。

報復攻撃は失敗に終わった
コートゥーレイ軍は4月、フェイスブックの声明で、シュエ・コッコがBGFと「中国人」犯罪者が支配する政権の金融拠点になっていたため攻撃したと述べた。
しかし、ライオン大隊のメンバー、コ・バ・ラ*はフロンティアに対し、これは「報復攻撃」だと語った。

2月にカレン州ミャワディ西のキョンドエ町での戦闘で負傷した副司令官コ・ティハ氏が治療のためメーソットに搬送されたとき、部隊は深刻な挫折を経験していた。

タイ警察は、適切な書類が不足していたという理由で、3月31日にスポークスマンのコー・テット・ナイ・ウィン氏と支援チームメンバーのソー・ピョ・レイ氏とともに同氏を逮捕した。

ライオン大隊のもう一人の戦闘員タ・ヨーク・ジーさんはフロンティアに対し、KNU当局者が彼らの釈放を確保するために介入しようとしたが、
タイ当局は代わりに彼らをミャンマーに強制送還し、4月4日に彼らをBGFに引き渡した、と語った。

「非人道的だ」タイ入管の対応に批判 ミャンマー民主派3人を国軍側に引き渡し:東京新聞 TOKYO Web2023年4/12日

バラさんはフロンティアに対し、フィオ・レイさんは同日逃亡しようとしてBGFに射殺され、他の捕虜2人はモン州のモーラミャイン刑務所に連行されたと語った。

この事件はライオン大隊を激怒させ、急いで報復として攻撃を開始することを決定した。
複数の情報筋によると、ピョ・レイ殺害の翌日、十数台の車両からなるライオン大隊キャラバンがシュエ・コッコ周辺地域を攻撃した。

このグループは 3 日間にわたって BGF の領土に激しい攻撃を開始しましたが、最初は物事はうまくいきました。
Voice of Americaによると、抵抗グループはBGF の前哨基地 5 ヶ所を制圧した。
ライオン大隊はフロンティアに対し、6つの前哨基地を占領し、100人ものBGFとミャンマー軍の兵士を殺害したと主張したが、これは独自に検証することができなかった。

しかし4月8日、攻撃は停滞し始めた。
ライオン大隊は攻撃ヘリコプターを含むミャンマー軍とBGFの連合部隊から砲撃を受け、大きな損失を出して撤退を余​​儀なくされた。
 同大隊は当初、戦闘員のうち5人が死亡したと報告したが、
KNLA情報筋はフロンティアに対し、
数十人が依然として行方不明で、捕虜か死亡したものと推定されると語った。
ライオン大隊は発表直前に、これまでに少なくとも24人の死亡が確認されたと発表した。

「私たちは車両、武器、ドローンを失いました。
私たちは命からがら逃げることしかできませんでした」とライオン大隊の生存者はフロンティアに語ったが、どのようにして逃げたのか、正確にどれだけの装備が失われたのかについては詳しく述べなかった。

KNU論争
話をさらに複雑にしているのは、一部の KNU 職員が BGF に関連した違法な商取引に関与しているという噂が飛び交っていることです。

シュエ・コッコの近くに本部を置くKNLA第7旅団の司令官は、
3月にBGFとの会合に出席した際に物議を醸した。
同氏はまた、評論家らが同様に違法行為の拠点となる可能性があると警告する別の「新都市」プロジェクトに関与したとして第5旅団から告発された。

一部の地元メディアは、第7旅団の兵士がBGFがライオン大隊の兵士を罠にはめるのに協力したとさえ報じたが、同団体はこの容疑を否定している。

「シュエコッコはBGFの勢力が強い場所です。彼ら(ライオン大隊)は間違った計画を立て、自ら墓穴を掘った、それだけだ」と匿名を希望しなかった第7旅団幹部は語った。
同当局者は、第7旅団とBGFとのビジネス関係疑惑に関する質問をはぐらかした。

シュエ・コッコ襲撃直後の4月11日、
第7旅団はその領土内にコートゥーレイ軍部隊を受け入れないと発表した。

このような状況を背景に、
KNUは長らく延期されていた第17回大会をついに開催した。
4月下旬から5月上旬にかけて、新しい指導者を選出し、
第7旅団司令官を含む物議を醸した上級将校の一部を解任した。
第5旅団の高官はフロンティアに対し、
コースーレイ軍との困難な関係を管理することが新指導部にとって重要な任務になると語った。

一方、ライオン大隊は傷を舐めている。
同グループは部隊の移動を停止しており、メディアへの詳細なコメントを拒否している。
捕虜となったテット・ナイ・ウィンの後任となった新しい広報担当者コ・アニャル・タール氏は、
被った損害によりライオン大隊は今のところ戦闘に復帰することができないと述べた。

2023年5/11日
https://www.frontiermyanmar.net/en/into-the-lions-den-the-failed-attack-on-shwe-kokko/

FrontierMyanmarから

Ahead of the ongoing Karen National Union congress, civil society groups demanded the resignation of the central executive committee over an alleged criminal enterprise, while new evidence also implicates the junta-aligned Kayin Border Guard Force.
2023年5/3日
https://www.frontiermyanmar.net/en/controversial-border-project-looms-over-knu-congress/

The Irrawaddy 4/25(火)Ban ki moon worships myanmar junta chiefs buddha statue during visit.
では元国連事務総長 潘基文氏は批判的に書かれているが、
このネピドー行きは随分前から計画的に十分練られた偵察観察ミッションであることが
VOAボイスオブアメリカburmese 4/25(火)ban ki moon ー Thein sein  から伺える。

潘氏はミャンマーとの関わりが長い。
国連事務総長を務めていた2008 年に彼はミャンマーに行き、
推計 134,000 人が死亡したサイクロン ナルギスの生存者に、
外国からの援助と専門家が妨げられずに流入できるようにするよう
当時の国の将軍(タンシェ議長)に働きかけました。
彼は軍隊にも民主主義を受け入れるよう促した。

彼はまた、2016 年にネピドーで開催された
少数民族グループとの数十年にわたる武力紛争の終結を目指す平和会議にも出席しました。


このような写真を軍政に撮らされたが、
ある程度、やつらの内情を伺い知れたのだろう。

*ミャンマーの近隣諸国のいくつかは、インドで秘密の議論を行っています
VOA 4/26(水)
https://burmese.voanews.com/a/some-asean-members-hold-secretive-talks-on-crisis/7066691.html
中国を含む近隣諸国の政府関係者と有識者が秘密会談。
彼らはNUGの参加に関心があるようだが、軍政側の反対。
3月はタイで、来月はラオスで行われる。

※こちらが一番重要
◎Proposed Inclusive Humanitarian Forum for Myanmar Should Not Include ASEAN
https://www.irrawaddy.com/opinion/guest-column/proposed-inclusive-humanitarian-forum-for-myanmar-should-not-include-asean.html
By PAUL GREENING 26 April 2023
IHF は、5 月 5 日から 12 日にジャカルタで開催される ASEAN (東南アジア諸国連合) サミットの問題であり、主な関心事の 1 つは、
ミャンマーでの援助の提供における ASEAN 災害管理人道支援センター (AHA) の関与です。
援助を提供する経験も能力もないことは明らかであり、
最も重要なことは、
軍事政権の代表者が含まれており、
必然的に国家行政評議会(SAC)と協力することです。
これは、援助が非効率的に提供されるだけでなく、
SAC が援助を武器化し、
それを独自の戦略的および政治的利点のために使用する一方で、
レジスタンスによって支配されている国の大部分は
援助を受けることが出来ないことを意味します。
国連人道援助調整機構 (UNOCHA) とインドネシアは、
AHA が主導権を握ることを望んでいると聞いています。
IHF に関与する国民統一政府 (NUG)、民族武装組織 (EAO)、および市民社会組織 (CSO) は、
AHA の関与に強く反対しています。
NUG と EAO によって提案された IHF の目的は、
NUG と EAO の管理地域にいる人々を含む、戦争によって深刻な影響を受けた人々に援助を届けるための新しいチャネルを見つけることです。

援助が AHA や国連を通じて行われる場合、
これは起こりません。
現場の状況は、国内避難民などの支援を必要としている人々の大多数が所在する地域で緊急に支援が必要であり、これが実現しなければ、
地域全体に悲惨な結果をもたらすことになります。
国連が自ら実証したように、
軍事政権の管理下にない地域で最も必要としている人々に
国連は援助を届けることはできませんでした。
これは露骨に明白であり、
述べる必要さえないはずですが、国連は今もこの状態を続けています。

IHF は 3 つの選択肢を特定したと思いますが、
そのうちの 3 番目だけが意味を持ちます。
1 つ目は、SAC が人道的一時停止に同意し、IHF を介して NUG および EAO 地域での援助の自由な通過を許可することです。これはもちろんあり得ない、ベンガル湾の米国空母の飛行禁止区域とほぼ同じくらいの可能性でばかげている。
述べられている別のオプションは、
EAO および NUG 地域への国境を越えた援助について、
ドナーおよびミャンマーと国境を接する国との間で合意があるということです。
これは最初のオプションほどばかげているわけではありませんが、
国境を接する国はこれに正式に同意しません。
これまでのところ、インド、中国、タイは軍事政権への支持を表明している。
 *議論された最後のオプションは、
実行可能な唯一のオプションです。
つまり、寄付者は、
資金移動に関してはるかに柔軟なローカルネットワークを通じて
提供される高級援助(ニーズに適した援助)に同意します。
 IHF では、明らかに、NUG、EAO、CSO によって支持されているようですが、
インドネシアと 国連OCHA は支持していないようです。
インドネシアと OCHA は、依然として AHA の関与と主導権を望んでいます。
これは、人道的利益よりも
個人的な利益のためではないかと疑われています。

ポール・グリーニングは元国連上級職員で、アジア 6 カ国で 20 年以上の経験を持ち、6 つの国連機関と 4 つの INGO で働いています。
彼は 2017 年から 2020 年まで IOM のためにラカイン州シットウェで働き、それ以来、違法なクーデター未遂に対する擁護活動と、それに苦しむ人々の支援に携わってきました。

◎軍事政権支持のテロ暴力グループThwe thoutについて
NLD国民民主連盟関係者を標的にしてきた過去と
クーデター後、軍政権によって復活し、今に至る実体。
Myanmar-now 4/25(火) “thwe thout” card found on body of defence team member in mandalay.
Myanmar now 2022/05/22 recent murder spree revives fears of return of old junta tactics

シャン州の現状についての考察

How internal conflict in Shan State has kept it aloof from the Spring Revolution
APRIL 18, 2023 Frontier Myanmar
https://www.frontiermyanmar.net/en/how-internal-conflict-in-shan-state-has-kept-it-aloof-from-the-spring-revolution/

領土への野心、経済的利益、民族ナショナリズムに駆り立てられた目もくらむほどの数の民族武装集団の間で根深い紛争が根強く残っているため、
シャン州の大部分の民族集団は反軍事政権闘争に参加することができなかった。

軍事政権の支配に対するミャンマー全土での広範な反対は、バマール中心部の民主化勢力といくつかの少数民族武装組織との間の緩い同盟関係の形成につながった。
しかし、ほとんどの EAO がこの戦いに参加していない州が 3 つあります。モン州、ラカイン州、そして最も重要なのは、国内最大の州であるシャン州です。
シャン州の武装勢力を参加させることは、春の革命にとって最大の課題です。

多くのミャンマー市民とオブザーバーは、
国家行政評議会SACとして知られる軍事政権を打ち負かすか、少なくとも交渉による降伏に追い込むことができるのは、
すべての民族と民主主義勢力を含む同盟だけだと信じている。
この点に関しては、ある程度の進歩が見られましたが、まだ道のりは長いです。

たとえば、2021 年 10 月、レジスタンス組織である国民統一政府は、C3C としても知られる中央指揮調整委員会の設立を正式に発表しました。
これには、NUG、カチン独立軍KIA、カレンニー国民進歩党KNPP、チン国民戦線CNF、全ビルマ学生民主戦線BSDFが含まれます。
NUG はまた、C3C のメンバーではないカレン民族同盟KNUと共に、別の指揮系統である統合指揮調整 (J2C としても知られる) を形成した。

しかし、チン州、カチン州、カヤー(カレンニー)州、カレン(カイン)州の EAO が NUG とその人民防衛軍と力を合わせている一方で、
モン州、ラカイン州、シャン州の武装勢力は彼らと距離を置いています。
ラカイン州のアラカン軍AAは、過去 2 年間散発的に国軍と戦っており、春の革命に同情を表明しているが、
独自の議題(独立の夢)を持っており、独自にバマールの覇権と戦いたいという願望を表明している。
その間、the New Mon State党は SAC と運命を共にしている。

国内のどの州よりも多くの EAO を擁するシャン州の状況はより複雑です。
まず第一に、シャンの武装グループは、
ほとんどが生存本能、
他のグループに対する恨み、
領土拡張主義、
権力への渇望に駆り立てられた独自の民族間、
またはEAO間の紛争で忙しくしています。
これらのダイナミクスは、
隣国である巨大な地域大国である中国の代理として行動するように彼らを導くこともありました。

骨折した状態
シャン州の EAO は大まかに 2 つのグループに分けることができます。
連邦政治交渉協議委員会(FPNCC)the Federal Political Negotiation and Consultative Committeeのメンバーと、
2015 年の全国停戦協定の調印者(NCA)the signatories of the 2015 Nationwide Ceasefire Agreement, initiated by the military-backedです。
この協定は、2011年テイン セイン大統領の軍が支援する名目上の文民政府によって開始され、
アウン・サン・スー・チー氏率いるその後のNLD政権に支持されました。

FPNCC は、
2017 年に AA、KIA、ミャンマー国民民主同盟軍MNDAA、国民民主同盟軍NDAA、タアン国民解放軍TNLA、シャン州北部軍SSA-N、およびワ州連合軍UWSAによって結成された同盟です。
主にそれぞれカチン州とラカイン州で活動している KIA と AA を除いて、
すべてシャン州に拠点を置いています。
UWSA、MNDAA、および NDAA は、
1989 年にシャン州北部でバマル(ビルマ族)以外の階級とファイルの暴動が発生したために内破した後、
消滅したビルマ共産党CPBに由来します。
SSA-N は CPB と同盟を結び、
後に FPNCC が形成されるずっと前に UWSA の同盟国になりました。

TNLA の起源は、1991 年に政府との停戦に合意し、
2005 年に武装解除された
パラウン州解放軍the Palaung State Liberation Armyにまでさかのぼります。
タアンTNLAの指導者であるター エイク ボンとター ボーン チョーは、
パラウン州解放戦線と並んで TNLA を設立し、闘争。
2005 年以降、TNLA は KIA の支援を受け、
現在は UWSA と緊密に連携しています。

一方、NCAに署名した
ミャンマー全土にある合計10のグループのうち、
NCAに署名したシャン州の3つのグループは、
シャン州の復興評議会RCSS(シャン州軍南部SSA-S)the Restoration Council of Shan State (Shan State Army-South)、
パオ民族解放機構PNLO Pa-O National Liberation Organization、
およびラフ民主同盟Lahu Democratic Unionであり、
他のグループとは異なります。
RCSS は 1996 年にモンタイ軍the Mong Tai Armyの元メンバーによって設立されたが、
モンタイ軍は 11 年間存在した後、その年に解散した。
PNLO は 2009 年に設立され、本部はシャン州南部のレイバー キャンプに置かれました。
これらのグループはすべて、
ナショナリズムと連邦主義に基づく同様のイデオロギーを共有していますが、
それらのいくつかの間の対立は、
対立する議題と目標のために蔓延しています。
シャンで包括的な民族民主同盟を実現するための主な障害は、
他の複数の要因を考慮に入れる必要があるものの、それらの間の一見永遠の対立です。

シャン州の EAO は、
州を悩ませている論争の的となっている
アイデンティティ
ポリティクスの解決策を見つけることに関心を示しておらず、
一部の指導者は現状維持を望んでいます。
その結果、領土拡張主義に駆り立てられて、
グループ間の対立が根深く根付いた生き方になっています。

この明らかな万人対万人の戦争で最も強力なアクターは、
シャン族とワ族のレジスタンス軍です。
1996 年、UWSA(ワ州連合軍) は、ミャンマー軍の助けを借りて、
シャン州東部の Kengtung の北と南にある 2 つの別々の領域を占領することで、目を見張るような力を見せつけ、今日まで支配しています。
その出来事は、州内の EAO の考え方に根付いた民族間の敵意と戦争のような態度の顕著な例でした。

同様に、2015 年に SSA-S(RCSS) は
SSA-N と TNLA が領有権を主張する北シャン州の地域に侵入しましたが、
2021 年には UWSA の支援を受けた両軍の連合軍によって圧倒的な火力で押し戻されました。
中国も SSA-S (RCSS)をシャン北部から追い出すことを望んでおり、
その領土から軍隊を追放するよう間接的に命令したと考えられている。

TNLA は、シャン州北部のナムサン、マントン、その他のすべての郡区、さらにはマンダレー管区北部のモゴック郡区さえも制圧しようとしました。
これは、領土拡大主義のもう 1 つの例であり、
この場合、シャンの多数派の人口を犠牲にしています。
PNLO と SSA-S (RCSS)の間の長年にわたる散発的な衝突も、この文脈で理解することができます。

「バマール事件」
彼らの生存本能と領土拡張主義は別として、
シャンで活動しているほとんどの EAO は、
2021 年のクーデター以来国を巻き込んだ内戦を、
純粋にバマル(ビルマ族)事件であり、
SAC と NUG の間の対立であり、
彼らにとってほとんど関心のないものであると考えている。

これは非常に狭いエスノナショナリズムと結びついており、
そのほとんどは連邦レベルで認められたきちんと境界を定められた民族国家を要求している。
これは不可能であり、
民族間紛争が終わることのないレシピでもあります。
なぜなら、シャンにはかなりの規模の民族的に均質な地域が事実上存在しないからです。

州内のすべての民族グループに共通のシャン族の国民性を促進することが、EAO 間の紛争から抜け出す唯一の方法かもしれません。
ビルマ独立の 1 年足らず前の 1947 年 2 月に、シャン ナショナル デー、国旗、国歌が
地元の世襲指導者 (サオファスSaophasとして知られる)による会談で 
タウンペン族、パラウン族またはShan State Saohpas 評議会の議長Sawbwa Khun Pan Singの間で、
合意されたことを思い出すことは重要です。
しかし、現時点では、シャンはそのような包括的な国民的アイデンティティを確立するにはほど遠い。
これは部分的には、
最も強力なEAOが
「停戦資本主義」
によって裕福になったという事実によるものです。
これは、天然資源が豊富な土地に利権を割り当てることであり、
ほとんどの場合、
地元住民を犠牲にして、それらの指導者の間で行われます。
国軍と休戦協定を結んだグループ UWSA と NDAA の
それぞれの領域にあるパンサンとモングラのきらびやかな都市は、
このダイナミックさの最も驚くべき例です。
彼らが安心して交渉し、現在の現状の利益を得ることができるとき、
反軍事政権闘争に参加するインセンティブはほとんどありません。
そのため、一部の EAO は春の革命に同情的かもしれませんが、
近い将来、彼らは戦いに参加しないと考えて間違いありません。

つまるところ
シャン州は「停滞資本主義」のまま。
ミャンマーの複雑さの象徴
シャン州

多民族国家の難しさの縮図、
力関係に変化が生じない限り変化しない。
日本の戦国時代を理解する人なら分かるはずです。
順序的に言えば一番最後に望む場所。
今は捨ておけ!

シャン州における国内避難民キャンプ
シャン州北部は軍事政権SACのコントロール下が多い。一部カチンEAOのコントロール下。
シャン州南部タイ国境方面は地元EAOのコントロール下

MMR_Shan_IDP_Site_A0_January_2023


◎NUG式典への
ミャンマー軍事政権軍の空爆により
多くの市民が亡くなった。
Myanmar junta airstrikes kill dozens in attack on NUG ceremony
Many of the victims were members of the public who were offered food as part of the ceremony, which also coincided with the start of Myanmar’s traditional New Year’s celebrations

4/11(水)MyanmarNow,RFA,TheIrrawaddy,KhitThitMedia,その他、情報筋。
https://myanmar-now.org/en/news/myanmar-junta-airstrikes-kill-dozens-in-attack-on-nug-ceremony/

4/11火曜日の早朝、ザガイン地域のカンバル郡区でミャンマー軍が実施した空襲で、
子供を含む80人もの人が死亡したと見られている。
地元の情報筋によると、攻撃は午前 7 時 45 分頃、カンバルの町の南東約 45 km に位置する PaZi Gyi村 で人民行政チームの事務所の開設を記念して開催された式典中に発生した。

この事務所は、ミャンマーの軍事政権がテロ組織に指定した、ミャンマーの公的に委任された国家統一政府 (NUG) の権限の下で運営されています。

同じくNUGの下にあるカンバル地区人民防衛軍(PDF)の将校は、
攻撃に関与したYak-130戦闘機とMi-35攻撃ヘリコプターが約150人の集まりを直接標的にしたとミャンマー・ナウに語った。
「ジェット機は群衆に向けて2発の爆弾を投下しました。その後、Mi-35 ヘリコプターが来て、
彼らに向けて発砲し、多数の民間人が負傷し、死亡した」と PDF の将校は語った。
女性、子供、高齢者が死亡者や負傷者の大部分を占めていると彼は付け加えた。

多くの人(子供たちも)が式典の一環として提供された食べ物を受け取るためにそこにいました。
これは、伝統的なミャンマーの新年であるティンジャンの始まりとも一体となっています。

攻撃直後に現場を調査したカンバル PDF の別の将校は、死体の多くが引き裂かれているため、犠牲者の正確な数はまだ特定できないと述べた。
彼は、式典が行われている建物には
約 30 人の年配の村人がいて、ほとんどの子供たちが近くにいたと述べた。


「爆弾が建物の真上に落ち、屋根と壁を吹き飛ばしました。ほんの数フィート先の茂みには、死んだ子供たちの一部が散らばっています」と彼は付け加えました。
地元のゲリラ グループによってオンラインで公開された事件の写真には、
NUG 管理棟の残骸の中に散らばっている人体の一部が写っていました。


ある写真では、下半身全体が吹き飛ばされた女性の体を見ることができます。
別の例では、腕も肩から引き裂かれた男性の焦げた残骸から内臓がこぼれています。
他のものは、燃え尽きたバイクや火事で黒くなった木を示しています。


火曜日の午後に発表された声明の中で、NUGの国防省は、軍事政権の最近の攻撃を非難し、その結果、「何十人もの罪のない民間人が失われ」、「子供や妊婦を含む」さらに多くの人が負傷したと述べた。
「軍事政権テロリスト軍によるこの凶悪な行為は、戦争犯罪を構成する無辜の民間人に対する極端な武力の無差別な使用のさらに別の例である」と声明は述べた。
「今日の攻撃を含め、ミャンマーの人々に対して犯されたすべてのテロ行為を強く非難し、犠牲者の正義を確保するという我々のコミットメントを改めて表明する」と付け加えた。

役に立たない国連、FB上にはミャンマー人達の冷ややかで嘲笑うコメントが多い

それでも国連のミャンマー特別報告者であるTom Andrews氏は4/22、東京のNUG日本代表部でミッションを行った。評価する。
来年の国連人権理事会と国連総会でしっかり奉仕して頑張ってください。
写真はNUG日本代表部

VOAボイスオブアメリカ Q&A Tom andrews UNspecial rapporteur for-myanmar

ミャンマー軍は、2 年前のクーデターで権力を掌握して以来、何度も空爆を行ってきた。
その多くが村々を標的にしており、多くの民間人の死傷者を出し、
全国で何十万人もの人々を避難させています。
昨年 10 月には、カチン州のパカント タウンシップにあるA Nang Paの村を空襲し、カチン独立組織の創立記念日を記念して開催された集会で数十人が死亡しました。

最近では、軍事政権の空爆により、チン州のファラム タウンシップで4/10月曜日に少なくとも 9 人の民間人が死亡しました。
これは、3 月末に同州のタントラン タウンシップで同様の攻撃が行われてから 2 週間もたたないうちに発生しました。

最初の攻撃の犠牲者の遺体が火葬されていたため、火曜日の午後 6 時頃 PaZi Gyi村にさらに 4 個の爆弾が投下されたという未確認の報告がありました。
この情報源によると、2 回目の攻撃が始まる前に、17 人の子供を含む 70 体以上の遺体が火葬された。

その後、4/12日
亡くなられた80人の遺体の埋葬を終えたが、
上空を Mi-35攻撃ヘリが飛行するため、
残る遺体は回収されずに、まだ埋葬されていない。


また、今回の空爆&虐殺の指揮官も判明。
Ched Uに拠点を置くYak-130軽攻撃機
第62戦闘グループの指揮官は
カチン州出身のミャンマー軍事政権空軍少佐Le Zaw Naing。
2発の500ポンド爆弾を投下したパイロットは
Than Toe Aung と Boorn Thet Naing。
これにより20人以上の女子供を含む市民を殺害した。
その後、北西軍司令部所属
Mi-35攻撃ヘリコプターで市民を皆殺しにした
凶悪犯罪人は調査中。

中日新聞朝刊4/12日

その後、軍事政権軍にって虐殺された人数はさらに増え、
その後の調査で
4/13(木)NUG国民統一政府発表では
168人の女、子供、幼児 を含む 市民の方々が死亡。

4/14日VOAボイスオブアメリカ residents are worried the deployment of army around pazigyi villageによると
空爆に襲われたパジギー村周辺に軍隊が配備されたため、住民は心配している。
彼らはまた、パジギーの東にあるサンペナゴールの村から重火器で発砲したため、心配しています。
4月11日の空爆による死者は、現在数えられる限り171人に達しています。
散らばった死体を集めて数えることが困難な状況についての報告。
4 月 11 日にザガイン管区のカントバル郡区で行われた軍による空爆で数百人の住民が死亡したパジギ村周辺に軍隊が配備されているため、住民は心配している。
住民は、パジギー村の東にあるイラワジ川で隔てられたサンパエンゴル(サム パンゴ)村の側から重火器が発射されることも心配していると語った。
3 月中旬頃、サンペ ナゴール村からパジジー村に向かって榴弾砲で 7 回発砲したため、彼らは心配していました。過去に発射された大型兵器が村の外に落ちたため、村の外に隠れている人々は今心配しています。
現在、少なくとも 6 つの村の村人は、安全のために村の外に隠れなければなりません。
地元の防衛グループの中間地区を担当するコ・バラジーは、ミャンマー軍第13歩兵師団が現在、その周辺の軍事活動地域を一掃していると述べた。

火葬される遺体

『カレン(カイン)州 の戦い』
☆3/25日以降〜 カレン州では
軍事政権軍 VS KNLAとその同盟レジスタンス
の戦いが連続して継続中。

4/15(土)公開されたミャンマー軍の前哨基地を占拠したKNLAとレジスタンス同盟、
前哨基地の作りが良く分かる映像

私はこう思う。
軍事政権の資金源ともなっている
悪魔の巣「Shwe Kokko」は
KNLAとレジスタンス同盟の手により
カレン人たちの元に戻るであろう。
彼ら戦士たちに
God bless you!

と期待していたが
状況は今後も暫くは変わらないだろう。
※上方FrontierMyanmar5/11の記事へ

※ギャンブルハブ「シュエ・コッコ」について
分かりやすい日本のANNnews

◎タイとの国境付近、ミャンマーのカレン州にある
中国のギャンブルハブ「シュエ・コッコ」の近くで新たな戦闘が勃発
TheIrrawaddy4/11(火)
https://www.irrawaddy.com/news/war-against-the-junta/fresh-fighting-breaks-out-near-chinese-gambling-hub-in-myanmars-karen-state.html

住民によると、カレン民族解放(KNLA)とその抵抗同盟軍は4/11火曜日、
カレン州ミャワディ郡区のメカネル村で
軍事政権の空爆の最中にミャンマーの軍事政権軍と衝突した。
 ミャワディの町の住民は次のように述べています。
戦いは重く聞こえます。
それは少なくとも10回の爆発で朝に始まりました。
2 機のジェット戦闘機が村を機銃掃射しました。
ミャワディの私たちの家は振動しました。爆発は何時間も続きました。」
  イラワジは、死傷者数と被害の程度を確認しようとしています。
軍事政権軍はまた、先週の4/6木曜日にメカネルで少なくとも 20 発の砲弾を発射した。
とコブラ コラム レジスタンス グループは月曜日に述べた。
 Mekanel は、
物議を醸している
中国が支援するギャンブルの拠点である Shwe Kokko
から約 16 km の距離にあり、
そこでは同盟国である Karen レジスタンス軍が軍事政権軍と戦っている。

レジスタンス軍は先週、ミャワディで軍事政権関連の国境警備隊が保有する 5 つの前哨基地を占拠した。
3月下旬からミャワディとコーカレーの町で戦闘が続いている。

最前線の情報筋によると、
BGF のメンバーは亡命し、レジスタンス軍と共に戦っています。

※この後の状況は
上の方に戻って
5/11日FrontierMyanmar
の記事へ。
要はこれが
ライオン大隊がその後、
罠にハマって大きな損失につながる前触れなんだろう。

Karen National Union/Karen National Liberation Army-Peace Council のメンバーも軍事政権と戦っている。
このグループは、全国停戦協定の調印者であり、現政権との和平交渉に参加しています。
戦闘により、11 の村から 8,000 人以上の住民がタイの国境を越えることを余儀なくされました。

Displaced people seen near the Thaungyin (Moei) River at the Thai-Myanmar border on Wednesday (Supplied)

◎ミャワディ付近での衝突により、数千人の民間人がタイに避難
戦闘は、カレン州の国境警備隊BGFの軍事政権同盟書記長が部分的に所有する主要な開発プロジェクトの場所である
シュエ・コッコの近くで行われました。
4/7(金)MyannmarNow
https://myanmar-now.org/en/news/clashes-near-myawaddy-displace-thousands-of-civilians-to-thailand/
軍事政権軍は今週、
カレン州ミャワディの北にあるシュエ コッコの町の近くで、カレン民族解放軍 (KNLA) とその同盟との戦いを続け、何千人もの地元住民がタイ国境に逃げることを余儀なくされました。

KNLAの政治部門であるカレン国民同盟(KNU)の関係者によると、
シュエ・コッコ・ヤタイ新都市開発プロジェクトの近くにあるいくつかの国境警備隊(BGF)の前哨基地が水曜日にKNLAと同盟軍による攻撃を受け、衝突が続いている. .
攻撃に関与した抵抗グループであるライオン大隊コマンドー特殊部隊は、

木曜日の夜にビデオを公開し、軍とBGFの約80人のメンバーが戦闘で死亡し、さらに60人が負傷したという声明を発表した。
ビデオには、軍隊と BGF 軍から押収された武器と装備が映っていました。

タイとミャンマーの国境に位置するシュエ コッコは、
シュエ コッコ ヤタイ新都市開発プロジェクトのサイトです。
このプロジェクトは、カレン州の軍事政権同盟 BGF の責任者である Brig-Gen Saw Chit Thu と、香港に登録されている中国企業 Yatai International Holdings Group とのパートナーシップとして運営されています。
 このプロジェクトは主に
中国やその他の外国人投資家から資金提供を受けていましたが、
国民民主連盟 (NLD) の文民政権時代に大きな反対に直面し、
2020 年に政府によるビジネス慣行の調査を受けて保留されました。

しかし、このプロジェクトは
2021 年の軍事クーデターの後に操業を再開し、
特に町で運営されているオンライン ギャンブル施設内で
海外から募集された外国人労働者を含む、
労働虐待と人身売買を含む
スキャンダルで悪名高いものになりました。

4/5水曜日にタウンイン(モエイ)川を渡る避難民(提供)
KNLA 第 6 旅団の地区書記である Padoh Saw Liston 氏によると、
最近の戦闘で KNLA と同盟のレジスタンス軍に死傷者が出たことが知られているが、
詳細はまだ不明である。
 パドー・ソー・リストン氏は4/6木曜日、近くの町に言及して、
ここ数週間で発生した 戦闘で
「私たちの側に数人の死傷者が出たと聞いていますが、
コーカレイク、ティンガン・ニ・ナウン、ミャワディ、シュエ・コッコで状況が非常に複雑であるため、
詳細はまだわかりません」と述べた。
 KNLA 同盟のレジスタンス部隊は水曜日、
Shwe Kokko から 6 マイル離れた Hti Kaw Htaw 村の BGF 前哨基地を攻撃した。
軍は、その後の戦闘中に激しい砲撃と空爆でその地域を標的にしました。
 空爆と砲撃により、
水曜日の時点で、Hti Kaw Htaw と Thaungyin (Moei) 川沿いの近くの村の 6,000 人以上の住民が
タイとミャンマーの国境に避難することを余儀なくされました。
 国境を越えてタイに入った避難民は
現在、地元のタイ人女性が所有する 3 エーカーの土地に避難し、
タイ軍やその他の当局から支援を受けていると、
このプロセスを支援している人物が述べています。

金曜日にソーシャルメディアで広く共有された画像で、戦闘で殺されたBGFメンバーの遺体
KNUの領土で活動している連合軍のKNLAとPDF軍は本日4/7日(金)、
ミャワディとコーカレーを結ぶアジアハイウェイの一部が、
進行中の衝突と軍が民間車両で増援を送るため、2週間閉鎖されると発表した。


この高速道路はタイとミャンマーの間の国境貿易にとって極めて重要であるため、
事情に詳しいビジネスマンによると、金曜日には多くの商用トラックが引き返さなければならなかった。

3 月 27 日にネピドーで開催された国軍記念日の式典での演説で、
クーデターの指導者ミン アウン フラインは、
軍は公的に委任された反軍事国家統一政府、人民防衛軍、民族武装組織に対して断固たる行動を取ると述べた。
その後まもなく、カレン州で 戦闘が勃発しました。
 KNU のスポークスパーソンである Padoh Saw Taw Nee は、
進行中の戦闘により、
カレン州には現在約 500,000 人の国内避難民がいると述べた。


シュエ・クッコでの軍事評議会と KNLA の間の激しい戦闘 4/7 VOA burmese

◎カレン州で多くの死傷者が出た後、ミャンマーの軍事政権が司令官を解任
4/1(土)TheIrrawaddy
https://www.irrawaddy.com/news/burma/myanmar-junta-sacks-commander-after-heavy-casualties-in-karen-state.html

ミャンマーの軍事政権は、カレン州の司令官である Khin Hlaing 中将を、Karen National Union (KNU) との衝突で彼の軍隊が大きな犠牲者を出した後、解任した。
Khin Hlaing は、ザガイン地域の司令官である Than Hlaing 中将が昨年解任された後、2 番目に解任された将軍である。

カレン州を監督する南東部の司令官であるミャット・テット・ウー少将も異動した。
この人事異動は、軍事政権のトップ、ミン・アウン・フラインが、
カレン州での政権の死傷者の多さに不満を持っていることを示唆している。
最近、KNU の武装部門であるカレン民族解放軍KNLAが、
タイ国境近くの軍事政権の前哨基地を急襲し、政権軍 16 人を殺害した。
Min Aung Hlaing の後継者であり、ヤンゴンの司令官である Nyunt Win Swe 少将が、
Khin Hlaing の後を継いで第 4 特殊作戦局の局長になり、中将に昇進した。

◎店主の友人、Minさん夫妻のお店
美味しいミャンマー料理とミャンマーカラオケ

土曜、日曜日は昼も夜もミャンマーの方達でいっぱいです。
平日のお昼時に事前連絡の上、行かれることをお勧めします。
何を食べても美味しいですよ。
ラぺッ・トウッ(お茶の葉と揚げたニンニクや豆類、干しエビなどを混ぜて食べるサラダ)
サモサ(三角の揚げ物スナック)
ダンバウ(カレー風味の骨つき鶏もも肉の炊き込みご飯)
モヒンガー(ミャンマーを代表する魚ベースのスープの麺料理)
焼き鴨、
ミャンマー式ビーフカレー、
バナナのケーキ、
蟹と春雨の少し辛い煮込み、
豚足煮込み、
他無数にあります。

東京にあるミャンマー料理店よりも美味しいですよ!
ミャンマーのことも聞いてみてね。
ミンさんの故郷の村(ザガイン管区)も軍事政権軍による焦土攻撃で今は無人廃墟の村。

私のリンゴケーキと双璧を成す彼女のバナナケーキ。
これぞミャンマーのデザート!

※名古屋でも主に日曜日の夕方に
名古屋駅、又は栄方面で
在日ミャンマー人の若者達(Myanmar Youth Community と Nagoya Youth Association For Myanmar)が募金活動を行なっております。
見かけることがございましたら
ご協力の程、宜しくお願い申し上げます。

写真はMYCの皆様2022年8/12日

◎証拠隠滅で母と弟は焼かれた 普通の女の子だった私が変わった日:朝日新聞デジタル
Nagoya Youth Association For Myanmarエイミィミィさん

https://www.asahi.com/articles/ASQBL6R95QBDOIPE010.html?fbclid=IwAR0VXLHIHCzb4jFUIHXAHqSJCx_P4DeMR3wX_zNoWNo0Pvo2M4VN7nHytSo

【特集】ミャンマー・クーデターから2年 祖国の平和を求めて|NHK 東海のニュース https://www3.nhk.or.jp/tokai-news/20230201/3000027366.html

《メディア媒体について》

○国営新聞MyanmarAline (軍政プロパガンダ)(国内向け)
○国営英字新聞Global New Light of Myanmar(軍政プロパガンダ)(国外向け)
(逮捕された市民の氏名確認等に使う)
○MNAミャンマーニュースエージェンシー 国営通信者
○MRTVミャンマーラジオTV(軍政プロパガンダ)
○MWD TV MyawaddyTV 国営放送 (軍政プロパガンダ)

これら軍政プロパガンダはクーデター以降、現在、YouTube、FB、Twitter等から追放されています。

☆独立系媒体は軍事政権によって許可停止であるため、
地下に潜って活動中。(以前からタイ、インドに拠点がある。)

ミャンマーの真実を伝えるために必死で頑張っている!
運営資金はほぼ国内外市民からの寄付である。

◎Myanmar-Now(独自の情報網があり必!) 英、ビルマ語

◎Mizzima MizzimaTV(独自の情報網があり必!)英、ビルマ語

◎KhitThitMedia改め、 (情報が早い、Twitter→Telegram又はFB、 市民密着型、ただし全文ビルマ語。)
現在はKhit Thit News Agencyになりました。Telegramをやめて、WEBサイトになりました。

◎DVB Dvb Burmese 民主ビルマの声(一部ノルウェー政府資金支援 元々は同国へ避難民の方々が創設)ビルマ語、英語版もある。

◎The Irrawaddy イラワジ紙(日本の朝日新聞と毎日新聞に相当する。
外交にも強い。外交官寄稿文にもよく引用される。)英、ビルマ語(ビルマ語版はより細かい事例まで転載)

◎The Chindwin ( TwitterとFBは情報早い。WEBは他と違った角度で。)英語、ビルマ語

◎RFA Burmeseラジオフリーアジア ビルマ(アメリカ合衆国が資金援助)ビルマ語、一部英語

◎VOA Burmeseボイスオブアメリカ ビルマ(アメリカ合衆国が資金援助)ビルマ語

◎その他DMG・・・・・
他・・・・・

◎KachinNewsGroup カチン語、ビルマ語、英語
◎その他・・・

◎BBC Burmese BBCビルマ(英国)ビルマ語、英語

◎Frontier MYANMAR 英語

各PDF(人民防衛隊)等の映像はFBwatchから。
また、ミャンマー人はFBを主に活用している
(ミャンマーメディア媒体もWEBとは別にFB,FBwatch)
(また細々とした情報媒体もFB上に存在する)ので情報収集、コンタクトにFBは不可欠。

※以下、2023年4月中旬以前の転載分は『トピックス』のコーナーにあります。
トップページ一番上のメニュータブから
『インフォメーション』→『トピックス』をクリックしてください。

 ミャンマー連邦共和国挙国一致内閣 国民統一政府NUG WEBサイト。
ビルマ語英語切り替え

https://www.nugmyanmar.org/en/

 ガガーリン8707D0D9-71D1-43AC-B9F8-AA07018B3F5F

有松絞会館前、ユーラシア食堂さらび店前にございます
『石碑』について。

石碑1
ユーラシア食堂さらび店前にあります石碑はどのような石碑かご存知でしょうか・・

この石碑は 江戸時代後期の歴史家、思想家、漢詩人、文人で

幕末、明治維新から昭和の戦前期まで広く影響を与えた『日本外史』(幕末から明治にかけてもっとも多く読まれた歴史書)などの著者、頼山陽(らい さんよう)が1813年11月、有松 井桁屋に一泊することになった時に見た当時の有松の街、絞り染めのすばらしい衣、桶狭間の古戦場、を 頼山陽の感性によて見事に描かれた『過 有松邨』(詩)であります。さらび店内に詩のリーフあります。
 山陽1
山陽2
  
歴史ファン必見!

とは言うものの戦前、戦中世代の方々には大変良く知られた人物なのですが、戦後世代以降にはほとんど知る人がいません。

簡単に補足しておきます。

山陽写真

頼山陽(らいさんよう)
1781〜1832 名は襄(のぼる)
主著『日本外史』は
幕末の尊王攘夷運動に影響を与え、日本史上のベストセラーとなった。
幕末から明治にかけてもっとも多く読まれた歴史書。
(外史とは民間による歴史書の意)伊藤博文(倒幕派)、近藤勇(佐幕派)の愛読書であったことでも知られる。

ただし江戸幕府の正当性を主張したとする山陽自身の説明があったにも関わらず、
この部分が世に出る事がなかったために幕末において「誤読」され続け、
山陽の随筆意図と無関係な尊王攘夷や
むしろ対極にある討幕論が生み出された。

また山陽の説明(「例言」第四則)がこの世に出た以降も討幕に否定的な歴史書であることが意図的に無視される。

そして明治以降は天皇制の権威付けに
昭和6年以降〜終戦までは思想統制に利用され、

こうした経緯があり戦後GHQの意向により意図的に知られなくなる。

山陽のことが戦後世代にあまり知られていないのは当然である。

では 日本外史の中でもっとも分かりやすい山陽の描写

『敵は本能寺にあり』これでおわかりですな・・・

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店主の書評 『頼山陽と戦争国家』著 見延典子

 
没後の頼山陽の評価の変遷をまとめ上げた貴重な書。
巻末には貴重な関連資料集あり。

そもそも現代日本人のほとんどは頼山陽のことを知らないであろう。
昭和12〜3年生まれ以前の方々には ほぼ100%知られた存在。
何故なら『日本外史』の「桜井駅の訣別」は
当時の教育現場で読み継がれていた。
戦前の国定教科書である。

と云ったところで余程の昭和史通、又は「太平記」(楠正成だー)って分かる歴史通、
又は戦前世代にしか理解して頂けないのだが…

江戸時代後期の 歴史家、思想家、漢詩人
である頼山陽がまとめ上げた民間による日本の武家の歴史。

『日本外史』は平氏から徳川氏まで、
(この時代までの日本のこれまでの歴史をまとめ上げた 日本の歴史 なる書は一般人が目にすることはまだ無かった。
信長公記、甲陽軍鑑、太平記など各々の記録は沢山あるのだが)

これが『日本外史』で当時の老中首座 松平定信
に高く評価されるのだが、
  世の中に知られるようになるのは
  山陽の死後の話。

時が経ち、多方からこの「日本外史」が出版され(当時は著作権など無い)
幕末の大ベストセラー
(ある部分が削られた=誤読される)になる。=(尊皇攘夷に影響を与える)吉田松陰

幕末期、佐幕派(例として土佐藩主 山内容堂公、 天璋院篤姫、 新選組局長 近藤勇)にも
討幕派(例として吉田松陰  伊藤博文「日本政記」も)にも愛読される。

明治政府以降天皇の権威付けに利用させていく。
 何が? どのように?

本書には山陽が『日本外史』『日本政記』(神武天皇に始まる歴代天皇の事績をまとめ上げた書)をまとめ上げるにあたって
山陽が調べた、熟読した山陽以前の過去の書物、参考にしたであろう多くの書物、
研究者が注目する当時の太平記ネタ本=こちらのほうから世に太平記が知れ渡る など紹介しつつ再確認しながら

その後、明治から大正、昭和と時が経つにつれ、どのように曲解されていったか…

※主に南北朝時代→太平記→日本外史と日本政記→南朝正統論→南北朝正潤問題→楠正成→桜井駅の訣別
(つくられる「忠臣」楠正成像)→湊川神社
山陽漢詩の書換え「七生滅賊」が国益に沿うように「七生報国」
昭和初期の世論右傾化に影響を与え、山陽を曲解し、都合よく利用した
徳富蘇峰、
頼山陽先生百年祭昭和6年につながる。

紹介しつつ再確認し、
昭和初期の事件、出来事と照らし合わせながら
時の政治によって右傾化する頼山陽をじんわりと浮かび上がらせる。

進む軍国化思想統制→頼山陽の神格化→反論

戦後 消える頼山陽=GHQ

また、序盤の頼山陽をとりまく政治世界
では「日本外史引用書目」(259の参考文献)の中で『大日本史』(水戸光圀が編纂に着手)
と『大日本史賛藪』(水戸黄門の格さんの論賛)についての記実あり、山陽に影響を与えたことが分かる。

また水戸藩が編纂をはじめた『大日本史』は完成するのが二百数十年後の1906年。

安積澹泊(水戸黄門の格さん  御老公の御前である 頭が高い 控えおろう)の論賛が削除されたり
=後期水戸学派によってつくられた「大義名分論」

削除を企た理由=いわゆる国体の概念。→大正、昭和天皇も認めていた“天皇機関説”の排除。

[本書に出てくる天皇機関説から本書の外へ時計の針を進めると、終戦を境に復権した(ヨハンセン)吉田茂は“天皇機関説事件”で野に下った金森徳次郎に自らの内閣で憲法問題専門の国務大臣ポストに就いていただき帝国憲法改正案(日本側の案とGHQが示した案を元に新たな憲法改正案を練っていた)を“現実の憲法”=今の日本国憲法
に仕立て上げるためにコンビを組むのである。
吉田茂は憲法作りに政治生命を懸けた。
(幣原や吉田は日本占領に口を挟むことの出来る極東委員会の中には日本の天皇制に批判的な国々から糾弾を受ける可能性があり、(天皇の戦争責任、天皇制の廃止)天皇を守るには時間との戦いであった。
マッカーサーと吉田の気が合ったのも大きい。(例、昭和天皇とマッカーサーの写真))   
こうした吉田や金森をはじめ、現在の日本国憲法を練って闘った政治家、関係者(例 白洲次郎)、昭和天皇側近たちの動きを無視して「占領軍の作った憲法、押しつけ憲法」と批判して改正を声高にするのは皮相的で批判する側の見識の無さが見て取れる。
吉田が権力の座から降りた後、改正論者(例 鳩山一郎、岸信介)の言に反射的に反発する。
(「当時の社会党などが主張する護憲派とは異質の政治姿勢であり、系譜であるように思うのである」作家で昭和史研究の保阪正康氏)  ] 

話を戻すと、『大日本史』に多くの編者が関わったりしたことで、
原点である徳川光圀(御老公様 先の副将軍 水戸光圀公)
の考えから離れていった。

水戸学は 前期水戸学派 後期水戸学派
と分かれ 系列が異なる。

筆者曰く 
水戸学の変質にあわせるように、
山陽も道連れにされた観がある。

 初志を貫徹しるため山陽は多くの書物を読み、
人の意見に耳を傾けた。
批判もしたが、なるほどと思うものは貪欲に吸収しようとした。
その上で自分なりの独自の視点を身につけ、思考を深めた。
山陽が書いたものが誰かの踏襲であったり
踏襲と踏襲が掛け合わさったりしているように思えるのも、だから必然である。
山陽や著作をありのままに受け入れて読むところから、
山陽の再評価の道は開けていくであろう。

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新聞2 E1BA1081-456E-4724-B136-96367A659A72
新聞3  04BCC617-9FEE-4CB0-A186-6D570D5305B2
新聞4 BF4D46CC-018E-428B-8D5B-F1AAF4E0B8AC
※旧ソ連によるシベリア抑留と旧日本軍によるシベリア出兵 
による犠牲者追悼墓参を長年されてこられました横山周導氏率いる
NPO法人『ロシアとの友好・親善をすすめる会』が
会員の高齢化に伴う会員数減少により継続的な法人としての運営が困難となり
2020年7月、解散された。
非常に残念な思いです。

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厚生労働省(ロシア連邦政府等から提供された抑留者関係資料一覧)
https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/syakai/soren/itiran/index.html